戦国短編

□忠心
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ある雨の日のこと。とある屋敷の一室で、彼女は目を覚ました。柔らかい布団の上。ゆっくりと、辺りに視線を彷徨わせ、また自分の真上に視線を戻した。

身体が、動かない。

彼女はじわじわと身体を蝕むような鈍痛に少しだけ眉間に皺を寄せた。ゆっくりと自分の首元や腕に触れてみれば、布が多数巻かれている。それが包帯だと気付くのに時間は掛からなかった。どうして、包帯など巻かれているのか。彼女は苦しげに息を吐いて記憶を辿る。すると、町の裏道でかなりの腕の者とやり合ったことを思い出した。

そう、そこで。やり合って、怪我をして。しくじって。

だけどそれ以前に。


彼女は大きな溜息を吐いた。なんて不甲斐ないのだろう。そして、どうして自分は、こんなところに寝かされているのだろう。

てっきり、死ぬんだって思ったのに。

彼女は痛みが増してきた身体をそのままに、目を閉じた。


「…気がついたのか」


ふいに襖が開いて、誰かが入ってきた。それにより再び目を開ける。

ああ、そうだ。この人だ。この人と、私はやり合ったのだ。加藤清正。豊臣の子飼いの将。強かった。戦っている時の目は、とても鋭くて力も敵わなかった。

完敗だった、と彼女は悟る。今、こうして自分を見下ろしているこの人は本当に強いと。強くて、本当の武人だったと。

彼女は清正に負けたことを後悔していなかった。寧ろ満足していたのだ。今、こうして生きていることの方が彼女にとっては少々悔しかった。討たれて死ぬなら本望なのに、と。

彼女は自分を見下ろしている男を見遣り、そしてまた視線を天井に戻した。清正はそんな彼女の横に腰を下ろす。腕を組み、彼女の病んでいる顔を見つめると、静かに口を開いた。


「…お前、俺とやり合ってた時に仲間が傍に居ただろ。何処か、見えないような所に隠れてた筈だ」

「……。」

「…なんで呼ばなかった。一人だと分が悪いことくらい分かるだろ」


厳しい表情の清正がそう尋ねると、彼女は相変わらず天井を眺め続けていた。眺めていたが、おもむろに右手を蒲団から出して顔の前まで持ち上げる。そして、包帯の巻かれた手を見つめる。

血色のない真っ白な手に、力などない。それを知っているのに、彼女の手は開いたり閉じたりしていた。清正は自分のことなど構わず手を、指を動かし続けている彼女から言葉が放たれるのを待った。けれども彼女は何も言わず、清正の方も見なかった。

彼は息を吐くと、また口を動かす。


「…お前、俺とやり合ってる時も何も言わなかったな。そんな大怪我してるってのに呻き声一つ上げずに」

「……」

「……口がきけないのか」


パタン、と彼女の手が布団に投げ出された。今まで真上を見ていた彼女の視線が初めて清正に向けられる。彼女は無表情で彼を見ていた。見ていたが、清正の険しい顔におかしさがあったのか。無表情を崩して少しだけ笑みを浮かべる。そうして、小さく頷く。清正は、大きな溜息を吐いた。


「…仲間はお前の口がきけないことを知ってたんじゃないのか。なのに、何故助けに来ない」


彼の問いに、彼女はまた可笑しそうに笑った。敵が何を言っているのかと。憐れみの言葉など掛けてどうするのかと。彼女のそんな心を理解したのか、清正は眉間に皺を寄せる。


「…敵なのにこんなことを聞くのはおかしいってのは分かる。だが、気になっちまったんだから仕方ないだろ」

「……」

「…なぁ、どうして仲間は来なかったんだ?」


彼の問いに彼女は笑みを浮かべたまま、今度は左手を布団からのろのろ出す。そうして清正の手にそっと触れると弱弱しく掴み、彼の手のひらを上に向ける。彼女は人差し指をつくると、彼の手の平に細い指先を滑らせた。


(私が貴方に殺されることを待っていたんです)

彼女の指が綴る言葉に、清正は目を見開く。彼は手のひらから再び彼女の顔を見る。彼女は相変わらず静かに笑みを浮かべていた。





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