三國短編

□やだよ帰したくないもん。
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「もうやだー」


夜も更けてきた一室。机の上に盛大に突っ伏した彼女は呻くように言った。ここ最近忙しく、書簡を片付けてもすぐに新しい報告書を作らねばならなくなる。延々と繰り返すこの状況に、とうとう嫌気がさしたらしい彼女の溜息に、郭嘉は苦笑する。


「そろそろ嫌がるかと思っていたけれど…まあ、貴女にしては頑張った方かな」

「そうだよねぇ…じゃあ私帰っていい?」

「ダメだよ、まだ」

「なぁんで!!頑張ったって言ったじゃないさ」

「頑張っているのは認めるけれど…、とりあえずそこにある分だけは終わらせてからね」

「そこにある分て…」


郭嘉が示した机にある書簡と竹簡の山。結構頑張った筈なのにその山は一向に減ることを知らないらしい。まだやるの、と彼女が涙目で郭嘉に訴える。彼は再び苦笑すると、娘に歩み寄った。


「ほら、泣かないで。私も手伝うから…ね?」

「そう言ってさっきから見ているだけの郭嘉サマはなんなの、いじめ?」

「うん。貴女の泣き顔が見たくてつい…」

「え、本気?」

「私が貴女に本気じゃないことがあったかな」

「…私帰っていい?身の危険を感じる」

「はは、ダメだよ」


ほら頑張って、と言いながらようやく自分も書簡を手に取った郭嘉。彼も本格的に手伝ってくれると分かり、娘は渋々筆を取った。眠気に耐えながら筆を進ませ、次の竹簡や書簡に手を伸ばす。時折り船を漕ぎそうになる自分を叱咤しながら片付けていると、郭嘉がこちらをじっと見ていることに気が付く。書簡を手に取っただけで筆を持っていない彼に娘は眉を寄せた。


「何」

「いや……、頑張っていると思ってね」

「お世辞どうも。早く手を動かして」

「頑張っている貴女はとても魅力的だと思う」

「はいはいー」

「言っておくけれど、冗談でもお世辞でもないよ」

「はいはい」

「はは、聞いていないね」

「はいはい」


仕事を早く片付けることだけに意識を向け出した彼女にはどんな言葉も届かないらしい。郭嘉は小さく微笑むと、また一つ書簡を仕上げた彼女の肩にそっと触れる。娘は気にも留めずに次の書簡を手に取ろうとした。郭嘉はその柔な手を掴んで制止させる。娘の眉間に皺が寄った。


「なーんーなーのー!!早く終わらせたいって言ってんのに!!」

「そう怒らずとも…可愛らしい顔が台無しだよ?」

「誰のせいだ!!もういい加減にしてよ、邪魔しないでっ」

「邪魔もしたくなる。この仕事が終わったら貴女は帰ってしまうんだからね」

「当たり前でしょ!早く休みたいんだもん!郭嘉だって終わらせて早く遊びに行きたいでしょ!」

「うん。早く終わらせて、貴女と遊びに出掛けたいね」

「私は休みたいって言ってんだよ!!」

「……なかなかに鈍感だね」

「…喧嘩売ってる?売ってるよね?そうだよね?」


筆を置いて郭嘉の胸倉を掴んだ娘のこめかみには青筋が立っている。相当怒っているらしい娘の顔を見ながら、それでも郭嘉は微笑みを絶やさない。そうして胸倉を掴んだその手さえも自分の手に包んでしまう。捕まえられたことで娘はようやく今の状況に気が付く。なんだか郭嘉の様子がおかしい気がする。いつもは一、二回で諦める口説き文句を倍くらい言っている気がする。おそるおそる郭嘉の顔を見上げると、彼は穏やかな表情で娘の目をじっと見つめていた。


「あの…」

「うん」

「……早く、終わらせたいんだけど」

「私は嫌だから、放してあげられないかな」

「あの…なんで」

「帰したくないから」

「…だ、だれ、を」

「貴女を」

「………。」

「…ああ、ようやく意味が伝わったようだね」

「敢えて、聞いてみたいんですけど」

「うん?」

「…なんで、帰したくない、んでしょうか…?」


おずおずと問い掛ける娘の頬には若干の赤みが差している。

愛おしい。


郭嘉はふっと笑うとそのまま娘の身体を抱きしめた。





まだまだ一緒に居たいんです。




「あうああ」

「はは、そんなにびっくりしなくても」

「だって…うあああ」

「…可愛らしいね、本当に」

「……うううう、眠いおやすみ」

「…おや?……寝てしまったか」


色々と限界だったらしい。自分の腕の中で脱力し眠りこけてしまった娘に苦笑すると、郭嘉はそのまま彼女を抱き上げ、寝台に寝かしつけてやったのだった。


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御馴染のパターンです。帰したくないのは分かりますが郭嘉さんが言うと身の危険しか感じませんな←







 

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