三國短編
□奔放娘。
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「あのね賈充、聞いて聞いて」
「くだらん話なら聞かんぞ」
「今日も格好良いと思います結婚してく」
「じゃあな」
にこにこと満面な笑みを浮かべて言ってみたら賈充は辛辣な表情を浮かべたまま踵を返した。このまま私が逃がすとお思いか。はしっと彼の着物のひらひらを引っ掴んだら思いのほか力が強かったみたいで彼の身体が後ろに傾いた。ちょっと面白い。えへへーと笑ったら彼は忌々しそうに私を睨む。酷い。
「そんなに怒らなくても…。賈充って冷たいよね、人に」
「安心しろ、七子以外の人間には少しは友好的なつもりだ」
「嘘だぁ。この前なんか諸葛誕につっけんどんにしてたの見たよ。子供に泣かれる諸葛誕に対してしかめっ面では無理もないとか賈充の方が無理もないよほんとによ」
「今すぐその減らず口を閉じろ。鬱陶しい」
「やだな賈充。人の口に戸は立てられないって言うじゃない。何言ってんの?」
「お前が何言ってる」
「いて」
賈充の手が私の額にぶち当たる。ぱちんと見事な小気味よさを響かせた私の額と彼の掌。どうでもいいけど案外痛い。痛いよーと頬を膨らませてみせたら鬱陶しいと舌打ちされた。だから私も舌打ちし返してみた。また叩かれた。
「そんなにばしばし叩かないでよ。馬鹿になったらどうするの?」
「安心しろ、既に馬鹿だろうお前は」
「馬鹿だったら軍師なんかやってないですー。賈充の補佐とか任されてないですー」
「ほう…馬鹿でないと言うのならこの前盛大に間違えていた竹簡の写しはなんだ?」
「あれは悪くないよ。私じゃないもん、司馬昭様だよ」
「阿呆。子上はあの竹簡には携わっていない」
「ちーがうってば。あの竹簡を書いてた時に司馬昭様が横から愚痴を吐きだしてきたからしっかり聞いてたら間違えちゃってだね」
「ああ…だからあの竹簡に『最近元姫が冷たい』という謎の文章が書かれていたのか?」
「そうそう。元姫様の話しかしてなかったよあの日の司馬昭様。あんまりうるさいから私もつられて竹簡に書いちゃったんだよねぇ…びっくり。」
「見直しをしろ。司馬師様の目に留まらなかったからまだ良いが、本来なら大目玉だろうが」
「してるよ、失礼な」
「してないから言っている」
「いつもはしてるのー。あの日は司馬昭様がもだもだしてたからいけないのー私悪くないもん」
「もう黙れ」
「やだ黙らない賈充結婚して」
「却下だと言ってるだろう」
どさくさに紛れて何を言ってるんだと賈充が私の頬をつねる。しかも両頬だ。流石に本格的に怒り始めたようで彼のこめかみに若干筋が立っているように見える。ていうか痛い。何これ痛い。痛いよ痛いよと訴えると彼はとんでもなく冷やかな笑みを浮かべて、そうか痛いか、と言った。言うだけだ。放してくれない。ううう、痛い。涙目の私は賈充の手をがっしり掴む。
「いひゃいー」
「俺を怒らせるとどうなるか…身をもって知ってもらおう」
「……あ、…ひわひひゃま(司馬師様)」
「なに?」
パッと賈充が手を放した。彼が振り向いた先には誰もいない。私はその隙に逃げ出した。賈充は追いかけてきた。
追って追われて。
「賈充廊下を走ったらいけないんだって!」
「そうか。それはまずいな今すぐ止まれ」
「いやいや止まったら餌食だから。あ、でも結婚してくれるなら止まる…ああ寧ろ捕まえて御覧なさい!」
「分かった。何処までも逃げてろ」
「諦めないで!そこは追いかけるところ!」
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つれない賈充さんと謎な子。ボケとツッコミを書きたくなってこんな話に。