ふわり、時折ぴしゃり。
□柳に雪折れなし。
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翌日、賈充は黄崋と共に登城した。本来、敵がいるであろう城に彼女を連れていくことは危険極まりない。しかしながら手練の少ない自分の屋敷に置いておいて連れ去られても困る。ならば自分が傍で守ってやればいいと思い、連れてきたのである。
また、黄崋は文鴦が関わっていることを自分なりに調べようという姿勢も見せていた。非力だが、考えることは出来る。そう訴える彼女はもう引く気がないようなので、賈充も黙認せざるを得なかった。
「…昨夜、お前を襲った奴は王経という男の屋敷へ逃げて行ったそうだ」
自室に着くなり、賈充は追手を掛けた兵が掴んだ情報を彼女に話した。名前に聞き覚えがないようで、黄崋は首を傾げると、彼は王経について話し始めた。
王経という人物はかつて司馬懿と並んでいた曹爽に仕えていたらしい。司馬家の台頭に伴い曹爽は滅ぼされたが、王経は才があるために赦された。そして、王経は今も司馬家に仕えている。忠誠心があり、手堅く慎重な性格をしている彼は信用に足ると評判らしい。
黄崋は話をある程度聞くなり、首を傾げる。
「おかしいです」
「何がだ」
「彼の評判と今回の行動にずれがあるからです」
「ほう…言ってみろ」
「まず、王経の持つ真面目さと忠誠心です。次騫を狙う者達の理由は義父・文欽のような過ちを犯しかねないからとのこと…。司馬家の先行きを案じているので、これは合っていると思います。しかし、手堅く慎重な面は少しおかしいです。何故なら、次騫を確実に葬るための策として私を人質にしようとしたのでしょう?それなのに、放った兵を易々と自分の屋敷に戻すでしょうか?」
失敗した兵が屋敷に戻れば、追手がかけられた時に誰の差し金かすぐバレてしまう。実際、今回は賈充が追手を掛けたことで、王経だと分かってしまった。手堅さと慎重さを兼ね揃えている王経が、そんなことをするだろうか。確実を求めるなら、せめて兵を屋敷に戻させないよう仕向けるはずなのだ。黄崋はそのことを疑問に感じた。
賈充は話を聞くなり、口端を上げる。彼女の疑問が我が意を得たり、というものだったからだ。
「一理ある。だが、自らの元へ兵を引き返させたのは俺達をおびき出す為かもしれん」
「はい。それでも、会いに行かねばなりません」
黄崋の言葉に賈充は眉を動かす。
「自分を襲ったかもしれん奴のところへ行く気か?捕まるぞ」
「私一人では、そうでしょう。けれど賈充様が一緒ならば大丈夫です」
「ほう、理由は?」
「城内で沙汰を起こせば兵達が不審がります。それに、司馬家の中でも有力な立ち位置にいる貴方に何かあれば、司馬師様だって気がつかれる筈ですよ」
「くく…そうだな。先日の沙汰も既に司馬師殿の耳には届いている。いつも以上に城内の騒ぎは敏感になっているだろうから、奴らも大きな動きを見せることは出来んだろう」
王経を捕えよと、司馬師はまだ命じてはいない。評判の良い王経を有無を言わさず捕えれば、家臣達が不審がらないとも限らない。そうでなくても司馬師はよく物を考える性質である。黄崋の疑問通り、司馬師も王経の元へ逃げた兵があまりにも分かりやすいので警戒していた。故に、今少し王経の様子を窺おうと考えているそうだ。