吉継と童姫

□三成、吉継の背を押す。
1ページ/2ページ




吉継は屋敷で執務をこなしていた。
堤が完成してから伊古奈とは会っていない。仕事が立て込んでいるのもあるし、気まずいというのもある。
本当は気まずい要素など一つも無かった。ただ吉継自身が己の感情に蓋をして、いつも通りに振舞えば、少なくとも普段通りの付き合いは出来たのだ。

(伊古奈は悪くない。悪いのは俺の燻った感情だ)

堤が完成した日、伊古奈の視線に吉継は気がついていた。だが、顔を見ることが出来ない。どういうわけか、伊古奈の顔をまともに見られなくなってしまったのである。危ないことをしそうになったら止めようと思うし心配もする。だから、決して嫌いになったわけではない。それなのに、彼女が高虎から貰った手ぬぐいを大切にしているのを知った途端、突然苛立ちが膨れ上がった。この感情が何なのか、聡い吉継は分かっていた。

(…これは、嫉妬だ)

伊古奈が高虎の…自分以外の男から貰った物を使っていることに嫉妬をした。当然ながら高虎に下心など無い。分かっているのに高虎に嫉妬をしてしまった。己の感情に呑まれ、伊古奈を戸惑わせ、友に妬く。何をしているのだと己自身に呆れてしまう。そして、そんな醜い感情を抱いた自分を、遠くから見ている自分が言うのだ。何故、嫉妬をしたのかと。

(友、だからか?)

本当か?ともう一人の自分が首を傾げる。

吉継は眉間に皺を寄せた。友、というだけなら、彼女が高虎の手ぬぐいを使おうが構わない筈だ。それを許したくなかったのは…。

「邪魔をするぞ」

ふいに吉継の思考を途切れる。顔を上げると襖をあけて三成が仏頂面で立っていた。吉継が、ああ、と生返事を思わず返すと、三成は眉を少しだけ動かして、中に入った。

「浮かぬ顔だな」

襖を閉めた三成が畳みに座る。吉継は三成に向き直った。

「そう見えるか?」

「ああ。苛立っているようにも、腑抜けているようにも見える」

「腑抜けとは失礼だな」

思わず微笑む。相変わらず容赦のない物言いをする男である。

「腑抜けに見えるからそう言っているのだ。言われたくなければ、さっさとお前の心中を乱していることを解決しろ」

「……出来れば、苦労しない」

吉継は目を伏せた。そう、解決出来れば苦労などしない。だが、これはそう簡単な問題ではないのだ。
常ならば、そうだなと返して心中を隠してしまう吉継が、このように返したことに三成は少し目を見開く。それでも、そのまま驚いているわけにはいかなかった。三成ははっきりと尋ねる。

「伊古奈のことか」

吉継は黙っていた。三成は肯定と取る。

「何があったというのだ。過保護と呼べるほどに構っていたあいつを、何故避ける?」

「………。」

「…以前尋ねた時は、堤の件に集中しろと言ったな。あれはもう済んだ。ならば、もう話せるだろう」

それとも、俺には言いたくないか。
三成の言葉に、吉継は少し間を空けてから、首を横に振る。

「…お前に話せないわけではない。ただ、俺も大概、己の心を口にすることに慣れていないのだ」

勝成の言葉を思い出す。勝成は吉継のことを、他者から見た意見しか口にしない、と言った。その通りだと今なら思う。何故なら、大勢を見極めるのに己の心はいらないからだ。周囲の考え、状況を見つめれば、おのずと見極められる。ずっとそうしてきた。だから、此処に来て、自分という人間が急に見えてきて、戸惑う。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ