吉継と童姫

□吉継と童姫
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「…具合はどうだ?」

「うん…元気になってきたよ」

「そうか」

互いに告白を受け入れた翌日、吉継は伊古奈を見舞った。知恵熱を出したと知るなり、ねねは動かすと良くないからと城に泊めさせた。無論、妹を案じた勝成も一緒にだ。吉継も伊古奈を部屋まで見送った後、少しばかり様子を見ていたが、妹の恋が成就した嬉しさからか勝成に飲もうと誘われた。三成や左近、高虎も巻き込んでの宴により、その日は一緒に居られなかったのである。故に、仕事を片づけた後に吉継は彼女を尋ねた。
まだ熱が下がりきっていないのだろう。伊古奈は起き上がるとぼんやり微笑んだ。頬が紅潮しているから、まだ辛いのかもしれない。吉継は寝ていろと言ったが、伊古奈は大丈夫と聞かなかった。

「…吉継さん、お仕事は?」

「済ませてから来た。今日は共に居られる」

「本当…?」

「ああ」

「嬉しい…成兄様は今日もお仕事なんだって」

「…寂しいのか?」

「……うん。でも、いつもそうだもの、分かってる」

「…俺が傍に居ても?」

「え…?」

「やはりまだ、勝成には敵わないか」

吉継が苦笑する。伊古奈は瞬きをしていたが、昨日のことを思い出したのだろう。紅潮している頬をもう少し赤くしてから、きゅっと手を丸くした。

「そ、そんなことない…あの、あの…う、上手く言えないけれど…吉継さんが居たら、嬉しいよ?」

「そうか。それは嬉しいことだ」

「……吉継さん、私のこと、少しからかった…?」

「さて、どうだろうな」

「…うう」

敢えて本心をさらけ出すよう仕向けられたと分かり、伊古奈はむっとする。吉継はそんな仕草にも笑みを零した。
伊古奈は寂しがり屋だ。いつもは笑ってばかりで、その寂しさを隠してしまっている。けれども自分の前で、素直に寂しいと認めた。初めて尋ねた時は、そんなことはないと一度は否定したのに。勝成にはきっと、寂しいなどと言わないのだろう。だからだろうか。少しだけ、勝成より自分を頼ってくれていると思うのは。
勝成は伊古奈の兄である。比べようがないのは分かっているのに、まるで好敵手のように見てしまうことがある。それほどまで、吉継は伊古奈に惚れてしまっている。

吉継は傍に畳んであった羽織を伊古奈に掛けてやる。そしてふと、その羽織の色が赤だと気がつく。

「…そういえば、昨日は紅色の着物を着ていたな」

「…うん?」

「よく、似合っていた。お前が初めてこの城にやってきた時も綺麗に着飾っていたが、俺は昨日の方が美しいと思った」

「……ほ、本当?」

「お前に嘘など吐かない」

しっかりと目を合わせて言うと、伊古奈は照れたのか暫く視線を彷徨わせるも、最後には吉継を見つめて微笑んだ。

「…堤をね、皆で直したでしょう?あのお礼にね、秀吉様がくれたの。それでね、おねね様が着せてくれるって」

「…そうか」

「……私、その時ね、一番に吉継さんに見せたいって思ったの。いつもは成兄様なのに、吉継さんが一番最初に…綺麗って言ってくれたらいいなって」

「……」

「一番には見せられなかったけれど、吉継さんが綺麗って言ってくれたから…嬉しか―…っ!」

伊古奈の言葉が途切れる。吉継が彼女の腕を引いて抱きしめたからだ。昨日と同様、しっかり抱きこまれた伊古奈はぱちぱちと瞬きをした後、先ほどよりも真っ赤になる。

「よ、よしつ…っ」

「…あまりそういうことは言わないでくれ」

「あ……嫌だった…?」

「違う…逆だ」

「え…?」

「……愛おしいのだ、お前が」

これ以上惚れさせるな、と吉継が呟くと、伊古奈は目を見開いた。ちらと視線を上げれば、吉継の頬の血色が良くなっている。
照れているのかな。
伊古奈はぼんやり思いながらも嬉しさが広がるのを理解する。

「私も…大好き…!」

彼女は吉継の背に手を回すと、ふふっと笑った。


(…しかし口惜しいな)

(うん?)

(伊古奈の着飾ったのを一番に見たのがあの男とは…)

(…うん。そういえば、初めてお城に来た時も、あの人だったなあ…)

(………。)

(…吉継さん、怒ってるの?)

(ああ、あの男にな)

(え、えっと…怒らないでほしい…私は優しい吉継さんが好き…)

(………伊古奈には敵わないな)





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