四国四兄弟
□Remember me
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思わず目を背けたくなるほど、鮮やかな白だった。
そのワンピースは、普段の彼女なら絶対に選ばないはずだ。けれど今、俺を見つめる彼女に普段の彼女の面影は見つけられなかった。つまり、この服を選んだのは彼女であって彼女ではない。
「…神戸」
彼女は俺の呼びかけに少しだけ首をかしげて、不思議そうな顔をした。それが自分の名前なのか、と確認するように。
「あなたは…?」
「神奈川だ」
少しだけ申し訳なさそうに、「ごめんなさい。覚えてなくて」と呟く声が、やけに寂しく響いた。
不安そうな彼女の表情は、嘘ではなさそうに見える。いっそ嘘であってほしかった。彼女が全て忘れてしまった、なんてこと。
「…あの、あなたはうちの友達…ですか?」
友達。そうじゃないと否定することはできない。実際、俺と彼女の関係は友達以上でも以下でもなかった。
でも、恋人じゃないけどデートだってしたし、俺も彼女も、お互いのことを「ただの友達」だなんて思っていなかったはずだ。何かのきっかけさえあれば、恋人と名乗ってもおかしくなかった。
それなのに、今は言えない。俺はお前の恋人だったんだと、そう言ったら嘘になってしまう気がした。
「そうだよ」
「……そうですか」
小さく頷いて、それから彼女は俺をじっと見てきた。前もこんなことがあったような、そんな感覚。
彼女が今のように発展する前の頃、同じように彼女は俺を見た。上司に仲良くしなさいと言われたのか、特に用もないのに俺に話しかけてきたとき。話題なんてなかったから、結局大したことを話さないまま会話が途絶えて、どうするのかと思ったら、黙って俺を見ていた。
何か言いたいのかと思って『どうかしたか?』と聞いたら、彼女は少し頬を赤らめて、こう言った。
『あ、そ、その…神奈川さんは、格好良いですね』
あまりにもストレートに褒められたものだから、一瞬反応できなかった。いや、そうじゃない。褒められることには慣れている。ただ、神戸がまさかそのタイミングで俺を褒めてくるとは思っていなかったから、咄嗟に言葉が出て来なかった。俺らしくもない。
それを認めたくなくて、『あ、当り前だろ』と必死で言い繕った。多分、表情や仕草で俺がその言葉を嬉しいと思っていることは伝わってしまったのだろう、神戸は微笑んで『そうですね』と肯定した。
そんなことを思い出して目の前の神戸を見ると、一種の懐かしさを覚えるのは自然なことだと納得できた。あの時の彼女と、反応がまるで同じだから。
「神奈川さん」
「何だ?」
「うちは、…どんなんでした?」
ぎこちなく微笑んで尋ねてくる姿は、俺を戸惑わせるのに充分だった。その姿で、そんな笑顔を彼女が浮かべるはずがない。
自分のやることは絶対に正しいと信じて疑わず、いつも自信ありげに笑っている、それが俺の知っている神戸だ。
「…我儘で、人の都合なんかお構いなしで、とにかく突っ走るような奴、だな」
「そ、それは…すいません」
俺の言葉を聞いた神戸は、申し訳なさそうに縮こまっていた。目の前の彼女の様子に対する違和感がぬぐいきれない。一瞬後には「嘘に決まってるやん、騙された?」と何もなかったかのように笑うんじゃないかと、心のどこかで思っていた。
でも、状況は変わらない。相変わらず俺にどう接すればいいのかわからず緊張しているような神戸は黙りこくってしまい、俺も俺で事態が予想以上に深刻だったことに驚いていたから、そこまで気が回らなかった。
気づいたときには彼女は下を向いて、ただじっと沈黙に耐えていた。俺が気づくまで、ずっとそうしていたらしい。
「あ…悪かった。別に、それが悪いところって意味じゃねえから」
「え? でも…」
「そういうところも、嫌いじゃなかった」
口うるさくて面倒くさくて、ちょっと追い詰められたらすぐに泣くし、それでも泣いているのを絶対に認めないような意地っ張りで、普通に考えたら今俺の目の前にいる彼女の方がマシなはずなのに、どうしてもそう思えなかった。
「そう、ですか…」
少し嬉しそうな表情をしつつも、やはり彼女は俺の知っている神戸と今の自分の違いの大きさにショックを受けたらしい。
しょげている神戸を見るのなんていつ以来だろう、と場違いなことを考えていたら、「神奈川、ちょっとええか」と、扉の外で待機していたらしい丹波が少し扉を開けて俺を呼んだ。