四国四兄弟

□保健室と紅茶と恋。another side
1ページ/1ページ

 こんなこと、誰にも、言えない。
 先生のことが好き、だなんて。バカバカしいと笑われるのがオチだ。でも嘘なんてつけないから。本当に好きだから、私は今日も先生に会いに行く。

「神奈川先生」

 呼び掛けても、何も言葉なんて返ってこない。知ってるけど、話しかけずにはいられなかった。

「先生」

 どうやら、寝ているらしい。毎日同じように過ごしているから、先生がこの時間帯に寝ることも、一応把握している。

「…ふふっ」

 こっそり先生に近づいて、布団に潜り込んだ。これくらいの贅沢、許してもらっても、いいはずだ。どうせ望みなんかないんだから。
 しばらくそうしていたら、先生が小さく、寝言のように呟いた。

「せ、っつ…」

 聞き間違いかと思った。あの目立たない、後輩の女の子の名前。それが先生の口から出るなんて。何かの悪い冗談みたいだ。

「どういうこと…?」

 当然ながら、先生は何も答えてくれなかった。





 摂津さんのことは、以前から知っていた。同じく後輩である大阪さんと仲が良くて、進んで誰かに話しかけるような子ではない。
 私がどうして彼女のことを知っているのかというと、なぜか彼女がよく職員室に来ていたからだ。私は風紀違反や遅刻のせいで、頻繁に職員室に呼ばれていたから、嫌でも行かざるを得なかった。

 逆に言えば、それくらいしか彼女とのつながりなんてない。昨日、保健室にやって来た彼女のために先生を起こしたくらいしかない。
 あの後に何かあったんだろうか?さすがに勘繰りすぎか。

 それとなく先生に聞いてみるのも、気が向かない。私ばかり先生のことを気にしているなんて、意識したくないし。だから、私は何も聞かないことにした。そんなの、意味がなかったと、すぐ後に気づいたけど。
 摂津さんが、それから保健室にくることはなかった。あれは何かの聞き間違いだったんじゃないかと思うくらい、何も起こらなくて、逆に不安になったくらいだ。

「先生」
「…毎日毎日、お前も飽きねえな」

 呆れたようにそう言われたって、好きなんだからどうしようもない。
 不思議なことに、先生は最近よく私の言うことに答えてくれるようになった。私の方を向いて、ちゃんと話を聞いてくれた。
 結局何も変わらない、いつものまま。それで、良かった。

 そんな錯覚を、どうして頑なに信じたんだろう。


 放課後、だ。
 忘れ物をしたのか、単に先生に会いたかったのかは覚えていない。ただ、急いでいたような気がする。何かに急かされるように。保健室の扉を開けた瞬間、全てが、止まった。



 ベッドとその外側を分け隔てているカーテンの隙間から、華奢な足が見える。同時に、ベッドのシーツとは明らかに違う白が、動いた。
 あれは、私が絶対に見間違えることのない、色。

 先生の白衣。

 叫んだら、きっと全て終わったはずだ。けれど、私は、できなかった。小さく聞こえたその声を、聞いてしまったから。

「摂津」

 ああ、先生だ。他の人な訳がない。私が一番聞きたかった、声。
 そんなに先生が切ない声をすることがあるなんて、知らなかったけれど。でも、邪魔なんかしない。できない。先生が、彼女のことを好きなんだって、やっと、わかったんだから。本当に、好きなんだ、って。
 多分、それは私の小さな恋の終わりで、また、別の恋の始まりだったんだろう。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ