四国四兄弟

□Dance With You
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 豪華なシャンデリアの光は眩しすぎて、痛いほどだった。

 さっき誰から名刺を渡されたのか、ついさっきのことだったはずなのに記憶はおぼろげだ。どうしてだろうか。
 多分、名刺よりも彼を見ることに気を取られていたから。

 彼―東京を。

 慣れないはずのパーティーで、彼だけは不思議と落ち着き払っていた。諸外国の大使に対してもにこやかに対応している。
 この間まで「江戸」と呼ばれていた人物と同一とはとても思えない。
 一方、自分はと言うと、慣れないドレスのせいで動くのすら難しく、今流れている音楽に合わせてダンスを踊るなんて、夢のまた夢。ステップなどの基本は教わったものの、実際に踊ったことは一度もなかった。
 様々な国の大使や、自分のような「概念」が集まっている中、「踊れません」なんて口が裂けても言えるわけがない。だからできるだけ隅っこにいて、目立たないようにしていた。


「新潟さん」


 自分を呼んだ声は、ずっと見ていた彼のそれだった。

「あ…何か、私に御用ですか」

 咄嗟に言葉が出てこなくて、つまらないことを聞いてしまう。
 おそらく、彼は休憩のために隅へ来て、そのついでに声をかけてくれただけだ。それなのに。

「少しお疲れなのかと思ったので。踊らないんですか?」
「…………あ、あまり慣れてないので」

 踊った経験がないなんて、口に出したらお笑い種だ。
 きっと、彼はすぐにその答えに満足して他の人のところへいくものだと思っていたのに、「それなら、今から慣れたらいいんですよ」と微笑んで私の手を取った。

「え、」

 あまりにも自然なしぐさだったので、一瞬彼が私の知らない人のように見えた。

「ゆっくりでいいですから」

 私の歩幅に合うように、言葉通りゆっくりと、そのダンスは始まった。綺麗なものではない。完璧なものでもない。傍から見たら、不格好なものでしかなかったことだろう。
 奇妙なものを見るような周りの視線も意に介さず、彼は「私の足を踏んでも結構ですから、自由にどうぞ」と言った。

「…私に踏まれたら、きっと痛いですよ?」
「のぞむところです」

 彼があまりにも楽しそうに笑うから、私もちょっとだけ笑ってしまった。それを見て彼は「ああ、よかった」と安堵していた。何がですか、と尋ねると彼は、「新潟さんにあまり元気がなさそうでしたから、少し心配してたんです。でも」


「やっぱり、新潟さんは笑った顔が一番かわいいですよ」


 自分でもわからない何かが、心の奥で動いた気がした。 

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