四国四兄弟

□センチメンタル
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 彼に会おうと思って来たわけではなく、関東での会議のついでに行ってみようと思っただけだったはずだ。
 まだ地図なしで観光できるほど土地勘もなくて、いろんな人に道を聞きつつ、ひたすら歩いていた。駅の構内で迷う日が来るとは思いもしなかったけれど、それもまた旅の醍醐味。



 たどり着いた公園のベンチに座って、ぼんやりと子供たちが遊ぶ様子を見てみる。
 初めて来る場所なのに、以前もこうして座って、あの子供たちの笑い声を聞いていたような気がした。

 小さなボールが転がってきて、拾おうとすると、それよりも先に誰かの手がボールをつかんだ。

「あ」

 思わず出た声は、相手に見覚えがあったから。持ち主らしい子供にボールを手渡している彼は、どう見ても午前の会議で会った埼玉だった。
 うちが奈良だということに気づいているはずなのに、なぜか背を向けてさっさと去ろうとしているのが悲しくて、さりげなく彼の服の裾をつかんだ。

「え、」

 傍目からでもわかるほどに彼は動揺して、やっとうちの方を向いた。もし彼がスーツを着ていたら引き止められなかったんかな、と思いつつ手を離す。
 言葉は出ない。何を言う必要もないような気もした。彼もそう思ったのか、しばらくうちのことを静かに見ていた。唐突にくすりと彼が笑う。

「何?」
「いえ、なんだかにらめっこしてるみたいだと思ったので」

 にらめっこ。その響きが、すっと胸の中に入って来た時、「そうやな」と素直に言葉が出てきた。
 言いたいことがあるならはっきり言えと大阪は常々言うし、対照的に京都は自分の言いたいことをストレートには言わない。
 うちはどっちなのか、自分ではわからないけど、多分京都の方に近い。大阪みたいにぺらぺらと自己主張はしないし。意思疎通がうまくできないことも結構ある。
 
「うち、いつも『にらめっこ』してたんかな」

 彼の指摘は、なかなか的を得ていた。
 自分では思いつきもしなかったことを何でもないように言える、そんな彼がすごいと素直に思う。他人に対してすごいと、何十年ぶりに思ったんだろう。不思議なこともあるものだ。

「奈良さん」
「ん?」
「よかったら、このあたりで散歩でもしませんか?」

 さりげなく差し出された手に、「喜んで」と自分の手を重ねる。
 大阪とかに見られたらからかわれるのは間違いないだろうけど、なんだかそれも悪くないかもと思うのは、どうして? 

 このままどこにでも連れて行ってほしい、なんて口に出したら、彼はどんな反応をするんだろう?
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