四国四兄弟

□ヒートアイランド
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 人間が本当の意味で「人間」になったときから、おそらくこれだけは全く変わらないはずだ。

 一時的欲求。

 本能的なものだから、こればかりはどうにもならない。
 食欲は何か食べ物を口に入れない限りおさまることがないし、眠気も睡眠時間をしっかり取らない限りなくならない。
 今俺が直面している状況を回りくどく比喩すると、まあそうなる。


「何でこっち見ないん?」
「…くっつくなよ、暑い」


 けち、と小さく呟いてからやっと神戸は俺から離れた。
 果たして俺のどこがけちなのか小一時間ほど問い詰めたいところだが、それよりもこれ以上彼女が傍にいることの方が困る。
 日に日に上がっていく気温と湿度のせいか、普段は鉄壁を誇る彼女のスカートは標準的な長さまで短くなっていた。
 それが普通だし、他の女がそれをはいていたとしても俺は特別な感想は抱かなかっただろう。
 東京がよく言っている例えを使うなら、普段は黒髪で眼鏡で大人しい女の子が、眼鏡を外すとものすごく可愛く見える―そんなところか。いや、別に目の前の神戸がものすごく可愛いとかそういうことを俺が思っているわけではないからそこを勘違いしないでほしい。
 でも、ふとした瞬間に目に入る太股とか、うっすら汗をかいている首筋などは俺を誘っているようにしか見えない。
 これは俺の主観ではなく、あくまで客観的な意見だ。


「アイス食べたい」


 俺が「そうか、買ってきてやるよ」とか言ってやる動機も意味もない。おそらく確信犯だろうから、まともに相手をするつもりもないけどな。


「勝手に買って食っとけよ」
「外暑いやん」
「じゃあ、諦めればいいだろ」


 目の前のテレビの中で天気予報を淡々と伝えるキャスターは、「今週は熱帯夜が続きそうですね」とあっさり酷なことを言い放つ。
 かと言って、自分でどうにかなるものでもないからどうしようもない。


「はあ」


 神戸はため息をつくと同時に、唐突にどこからか取り出したシュシュを取り出して髪をくくった。
 何かやらかす合図なのは間違いないが、一体何を思いついたんだか見当もつかない。ぼんやり彼女を眺めていたら、「決めた!」という彼女の声が耳に入った。


「アイス作るわ。ちょっとキッチン借りるけどええ?」
「いいけど、買った方が早いんじゃねえの」


 すっかり忘れられているようだが、ここは俺の家だ。
 アイスは凍らせなければただの甘ったるい液体以外の何物でもない。
 上手くいったとして、そのアイスを食べることができるのはおそらく俺だけ。彼女にとって何かのメリットがあるとは全く思えない。


「明日には固まってるやろ。大丈夫やって」
「何が。お前はそれ作ったら帰るんだろ?」


 暑さのせいで判断力も落ちているのかと思ったら、ごく自然に答えが返ってきた。


「いつ帰るって言ったん? うち今日泊まるつもりで来たんやけど」


 それからなんてことないように道具と材料を準備し始める彼女に、少しだけ一時的欲求を感じたのは、猛暑のせいだということにしておこう。
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