四国四兄弟

□要は家族ってこと
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 冬なんだから、鍋パーティーでもしよう。そう言いだしたのは神戸だったか播磨だったか、今となっては覚えていない。
 この寒い中、たまには兵庫の五人が集まって鍋を食べるのも悪くない――そう思ったのは自分だけではなかったらしく、丹波も淡路も賛成していた。

「せっかくやから、食材は持ちよりにせえへん?」
「せやな。悪くないんちゃう」

 珍しく神戸の意見と播磨の意見が合っていて、逆に嫌な予感がした。たかが鍋だと笑い飛ばされても仕方ないかもしれない。
 でも、今までの経験からして何事もなく鍋パーティーが終わるわけがないということはわかっていた。
 だからこそできるだけ無難な食材を持って行って、食べ終わったら早めに解散させようと思っていた。
 そううまくいくわけがなかったのに。

「但馬、お前もっと食べろや! どんだけ食わへんねん。飲み会に初めて来てそわそわしてる女子かお前は」
「うちの清酒が飲めへんの? 昔はもっと飲んでたやん」

 予想以上に大量の食材(と鍋の出汁)があったせいで、鍋はあまり減らなかった。
 おまけに神戸や丹波が酒を大量に持ってきたこともあって、播磨はかなり酔っていたし、このままでは自分も酔い潰れてしまう可能性もある。
 正直、自分が酔ってしまったとしてもそこまで不都合はない。ただ、播磨が酔ったという事実だけはあまり楽観視できなかった。

「ほんま、ここまでお前が変わるなんて思わんかったわ」
「ふーん」

 播磨が昔のことを語り始めたら、注意を要する。特に、神戸に関して何か言う時は。ひやひやしながら見守っている俺に、丹波は呑気に「わての野菜美味しいか?」と聞いてきた。
 いつもなら美味しい、と笑顔で答えるのだが、今は何を食べても味を感じられない。曖昧に頷いておいて、二人の様子に注意を払った。

「昔は泣いてばっかりやったやろ」
「…それが何?」
「一体どこで育て方間違うたんかと思ってな」

 その言葉が耳に入った時、俺は次に神戸が取る行動が一瞬で予測できた。だからもう止めることもできないかとため息をついた。
 神戸は案の定「あんたに育てられた覚えはないわ!」と播磨にキレていた。
 反抗期の子供のようだと思ったものの、口に出したら自分の立場が危なくなる。丹波は「今日もか」と俺と同じくため息をついて、淡路は何も言わず(言葉を発さないのはいつものことではあるが)黙っていた。

「はあ? 昔『播磨兄さん♪(裏声)』って俺のこと呼んどったのはお前やろ」
「うっさい! 昔のこといつまで言うん!」

 いつもと同じような不毛な言い争いをしながら、播磨は片手に持った酒瓶に直接口をつけて酒を飲んでいた。
 神戸は神戸で、自分が持ってきた清酒を言い争いの合間にちびちび飲んでいて、このままだとまたいつもと同じ結末になるのは目に見えていた。

「丹波、どうすればええと思う?」
「…あと数分もしたら終わるやろ。淡路、何かおかず取ったろか?」
 ――別にいい。

 二人は「昔の神戸はもっと素直だった」とか「昔の播磨はもっとしゃんとして格好良かった」とか一種の褒め合いとも言える言葉を交わし続けていて、聞いているこっちが疲れてきた。
 もっとも、それを言っている本人たちは全くその言葉の指す意味に気づいていないのだけど。

「もうええわ、話したって無駄や無駄。大体、お前酔いすぎや。さっさと帰った方がええんとちゃうんか」
「はあ? そっちこそ、もうふらふらやん。うちはまだ飲めるで」
「俺の方が飲めるわ」

 その一言を播磨が言った途端、意味のない飲み比べが始まった。どうなるかなんて、説明するまでもない。
 丹波と淡路は二人を無視して鍋をつついているし、俺が止められるわけもない。再度ため息をつくと、「但馬」と丹波が小さな声で俺に話しかけた。

「?」
「悩まんでもええで。あの二人は、あれでええねん」
「でも…」

 結局酔い潰れた二人を家まで送ったりするのは俺と丹波なのに、と言いたい俺の気持ちを察してか、「だからやろうな」と言った。

「だから?」
「どうせ、鍋食べた後は解散するやろ。次会うんは会議か何かない限りだいぶ先になるかもしれへん。特にわてと但馬が二人と会うことは昔よりは少ないやろ? だから、酔い潰れて送ってもらおうっちゅう魂胆やろうな」
「…………」
「そんなんバレバレやけどな」

 ほんまアホや、と結論付ける丹波の横顔は、それでも少しだけ嬉しそうに見えた。
 昔から誰かの世話を焼くことに慣れている丹波には、そんな些細な企みはすぐに見破られていたようだ。俺は全く気付かなかったものの。

「…そうか」

 丹波の言葉を聞いてから二人を見ていると、何となく温かい気持ちになった。
 昔はいっぱいいっぱいだった。兵庫としてやっていくことなんて、無理だと思っていた。
 今はどうだろう? 相変わらずバラバラなのかもしれない。でも、昔よりはずっと、「一緒だ」という気持ちはある。
 鍋パーティーをしたり、何気ない話をしたり、愚痴を聞いたり、酔い潰れてしまった二人を送ったり。どんなことでも、不思議と嫌な気持ちなどなしでできてしまうのだ。

「淡路は将来ああなったらあかんで」
 ――うちは長女。皆より大人。
「せやなあ」
 ――子供ちゃうから、頭撫でんといて。

 淡路の頭を撫でる丹波に、淡路が少しふてくされていた。
 その様子があまりに微笑ましくて笑っていたら、「珍しいこともあるもんやな」と丹波が少し驚いたように言った。
 

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