四国四兄弟

□エンドレスエンドレスエンドレス。
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 頭が殴られたように痛くて、目が覚めた。
 隣で寝ていたはずの彼はもういない。大方仕事に戻ったんだろう。真面目なんだか不真面目なんだか。
 それにしても、女を残して一人さっさと帰って行くなんて、気が利かない男だ。今度会ったら文句でも言ってみようか。ああ、ほんと、意味なく腹が立つ。

「っ痛…」

 とりあえず、私も早く用意をしないといけない。会議に遅刻したら京都に嫌味を言われてしまうし。髪型や服装も、適当にしていたら変に勘繰られる可能性がある。できる限り早く正確に準備をしないと。
 そう急かす思考とは裏腹に、おさまることのない頭痛のせいで動くことすらままならなかった。
 どうにか起き上がって周りを見回すと、脱ぎ散らかした服が目に入る。浴びるように酒やワインを飲んだせいで、自分でも驚くほど体が熱くなって服を脱いだような記憶がぼんやり蘇った。
 記憶に残る限りでは、おそらく全裸にはなっていないはずだ。自信を持って言えないあたり、相当酔っていたようだが。

「いや、全裸はありえん。絶対ない」

 もし仮に全裸になったとして、相手の方が焦るはずだ。いや、そうでもないかもしれない。男の方がこういうパターンに慣れてるとか聞いたことがあったような気がする。
 でも普通に考えて、一緒に飲んでいた相手が突然全裸になって平然とできる男なんているんだろうか? 
 彼だったらありえなくも―ない、か? 
 ぐるぐる頭を回る疑問と仮説が止まらなくなって、二重に気持ち悪くなった。しかも、よく考えたら今の自分が(下着に近い格好とはいえ)服を着ているということは、全裸になった可能性はほとんどないも同然だということに気づいた。くだらない疑問に数分の時間を無駄にしたことが、今更ながら悔やまれる。

 考えることに飽きて、枕元の携帯電話を手に取ってみた。新着メールは一通来ていたものの、読む気がしない。
 会議の始まる時間まで、あと一時間。頑張れば間に合うはず。なかなか動こうとしない足を無理にひきずって洗面所に向かった。

「……は」

 鏡の中にいた自分は、顔を赤くして焦点の定まっていない目でじっと私を見ていた。
 可愛い女の子ならまだしも、二日酔いの女にじっと見られて嬉しいはずもない。しかも自分だ。気持ち悪いにも程がある。
 ナルシストにも種類があるのだ。無条件に自分が可愛いわけじゃない。こんなどうしようもない自分まで肯定する気なんて、さらさら起こらない。
 突然、眩暈がして洗面所の蛇口に額をぶつけた。めちゃくちゃ痛い。何やってるんだかわからなくなる。もう全部彼のせいだ。そういうことに今だけしておく。明日にはお互い忘れてるだろうから。
 どうせ私のことなんか何とも思ってない彼のことだ、何事もなかったかのように明日話しかけてくるに決まっている。

 蛇口をひねって、出てきた水をためらうことなく顔にかけた。まだすっきりしない。
 この顔の赤さは風邪でごまかすことにしても(二日酔いで会議に来ました、なんて言えるわけがない)、頭が動かないのはごまかしようがない。いっそ風邪で欠席しますと宣言した方がマシだろう。でも、その場合は播磨か丹波か但馬に代役を頼む必要がある。面倒くさい。
 髪の毛をセットするのは諦めて、適当にヘアゴムで縛っておいた。服は目についたものを勘で組み合わせて着ることにする。
 なんとか外に出られる格好になったところで、携帯の着信音が鳴り響いた。さすがに電話となれば無視するわけにもいかないので、通話ボタンを押して「もしもし?」と呼びかける。

「あ、神戸。うちやけど。メール見た?」

 朝からどうしてここまで元気なのかと聞きたくなるほどにテンションが高い大阪に、ちょっと安心した。彼女だったら、裏を探ってくることはないから。


「まだ見てへんけど。どうかしたん?」

「今日の会議、中止やから。なんか急に京都の都合が悪くなったとかで」

「そうなん…わかった。わざわざありがとう」


 不幸中の幸いと言うべきなのか、せっかくここまで準備したのにと憤るべきなのか、答えは出なかった。
 会議がないということは、午後まではまだ時間がある。電話で話したせいか、ものすごく喉が渇く。
 冷蔵庫にあった天然水入りのペットボトルを取り出して、直接口を付けて一気に飲んだ。体が震えるほど冷たいその水が、一つの記憶をフラッシュバックさせた。
 キスの記憶。昨日―そうだ、ここでキスをしたんだった。私がしたのか彼がしたのか、それは忘れた。確かに覚えているのは、その感触だけ。
 
「…はあ……」

 全部、自分の妄想でしたというオチなら少しは救われただろうに。あいにくそんなに簡単じゃない。
 急いで着込んだコートを脱いで、ベッドにダイブする。寝るわけでもなく気休めで目を閉じると、彼の顔が思い浮かんで、消しようもなくなった。
 会いたいわけじゃないし、話したいわけじゃないし、まして文句を言いたいわけでもない。キスがしたい。他の誰でもない、彼と。

 空になったペットボトルをゴミ箱に突っ込んで、携帯を開いた。
 彼の番号にかけるのは久しぶりだ。何コールで出るか、賭けてみるのも面白いかもしれないなんて思いつつ、コール音が途切れるのを待ち続けた。
 最初に何て言おうか。素直に名乗るのは、なんだか嫌だ。案外、普通に名乗った方が一番驚かれるかもしれない。よし、それで行こう。
 そんなことを考えていたら、待つのも何だか苦ではなくなってきた。相当重症やな、うちも。
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