四国四兄弟
□過去のweb拍手
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懐かしいものっていうものは、どこにでも、あるもの。
私にとって懐かしいものと、あの人にとって懐かしいものは別々だろうし、またそうでなければならないだろうけど、それについて考えることが無意味とまでは思わない。
今でも忘れることはない、あのパーティーのダンスのことだって、そう。
『新潟さん』
あの日、あの瞬間に、彼が私の名前を呼んだ。
そうでなかったらどうなっていたか、なんて野暮なことを考えるつもりは毛頭ない。ただ、それがなくても、私はやっぱり彼に惹かれていたとは思う。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ…何も、ありませんっ。すすすいませんっ」
こっそり見ていたことがバレていたのは予想外だった。
いつも書類に視線を向けている彼だから、きっと気づいていないだろうとたかをくくっていたのに、現実はそう上手くいかない。
「そこまで気を使わなくていいんですよ。新潟さんのそういうところは可愛いと思いますが」
「かっ…!?」
慣れない言葉に、戸惑ってしまった。彼にとっては何気ない言葉であっても、私にとってはそうじゃない。
勘違いして迷惑をかけるのは嫌だけど、お世辞だと最初から決めつけてしまうのは失礼だろう。
何と言っていいのかわからない私に、彼は悪戯っぽく微笑んで、「お世辞とかじゃありなせんよ?」とからかうように言った。
「……東京さんは…」
ずるい、です。
小さく呟いた声は彼に届かないまま、消えた。私が欲しい言葉を、無意識にくれる彼は、ある意味ずるい。
でも、やっぱり、好き。