書架
□鏡
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「んーー?どうしたの、よーすけ」
電話かけてくるなんて珍しいね、と冷たい携帯電話から温かい声が聞こえてくる。
ごく親しい者にしか聞かせない、緊張の欠片もない甘えた声。
声の主は。小鳥遊乙美。俺の彼女・・・・・・だった。
「ごめん・・・・・・別れよう」
そう言って、耳から電話を離す。
え?と言う声が聞こえたが、気のせいだと自分に言い聞かせながら、電話を切った。
薄っぺらな電子音が、殺風景な部屋に無情に響く。
・・・・・・明日から、どんな顔をして彼女に会えばいいのだろうか。
特に彼女に不満があったわけでもない。むしろ、別れたくはなかったが、そうも言ってられない事態になった。
噺は6年ほど遡る。
当時11歳だった俺は、飼っていた猫のおかげで、一つの怪異と出会った。
ーーー鏡の中に存在する、悪夢のような世界ーーー
猫につられるようにして、俺はその世界に足を踏み入れた。
現実と何もかもが同じ世界。唯一違うのは、まともに動いている物がないこと。人も、車も、動物も、俺を除いて何もなかった。
ただ、そんな中で何かが俺に語りかけた。実体のない、頭の中でのみ行われる会話。正直、その声の主が誰かなんて今でも皆目見当が付かない。老人でも青二才でもない、好青年といった感じの声だった。
そのとき、彼が言ったことを簡単にすると、こうなる。
曰く、この世界と現実との接点は鏡のみ。
曰く、自分たちは鏡にすむ悪魔、鏡魔である。
曰く、鏡魔は現実へは行けないため、人々を魅せ、食す。
曰く、数十年に一度、鏡魔が現実へ行ける時期、獣間がある。
曰く、その間、鏡魔たちが鏡から出ないように見張る、十二宮の守護という組織がある。
曰く、自分もその一人で双魚宮の守護、コンッフェッサーズと言う。
そして、今から6年後の獣間、十六週間だけ協力してくれと言ってきた。
その6年後が、来週だ。
彼の言う16週間で何が起こるのかは分からない。が、いざという時のために、重しとなる物は少なくしておきたい。その筆頭が、乙美だった。
彼女の存在は最高の安らぎとなると同時に、それ以上の重しとなることは容易に想像が付く。だからこそ、別れた。
音を出してベットに倒れ込む。
「ホントに、どうやって顔を合わせればいいんだよ・・・」
それは誰に向けたでもない、本当に心の声が洩れてしまったかのような呟き。
だが、それに反応する声があった。
『色恋沙汰って言うのは、何かと大変なんだね』
好青年の声。コンフェッサーズだ。
「おまえが生きてた頃は、そう言うのはなかったのか?」
そう。彼は最初は人として生を受けた。元の名は忘れてしまったそうだが、ある時鏡魔に食われて、同じく鏡魔になったらしい。
ま、そうすると、初っ端の鏡魔はどうなってるんだと思うのだが、それは言わないでおく。
『僕は、お別れをする間もなかったからね。ある意味では最良だね』
「・・・・・・・・・」
『辛気臭くなっちゃったね、ごめんーーーそれじゃ、オヤスミ』
ーーお互いが生きてるだけ、ましなのかな。