書架

□Witch Hunt
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 ここは都。この国の首都である。顔も知らない人たちが道を埋め尽くし、片がぶつかっても振り返らずに通り過ぎていく。両側には店が軒を争っ物資の出入りも激しく、ここだけ切り取れば景気は良いように見える。仮にも一国の首都なのだからそれなりの賑わいは欲しい所だが、さすがにここまで来ると却って邪魔だ。兎にも角にも、大きな店から小さな店まであるので、ここは商人にとっては聖地とも呼べる場所だろう。
 沿岸を進んでいくと、大型船から大量の荷物が降ろされるのがよく見えた。果物から穀物、織物まで。とにかく、数多くのものが売り買いされている。
 都市の中心部へと向かう道を進むと、次第に道の幅と歩く人の数が増えてきた。ここ一帯の道路は良く整備されている。喧騒の中を進んでいると血沸き肉踊るような興奮に駆られる。
 中心部の一角に『大市場』という場所がある。ここは世界でも有数の大きな市場だ。ここに立ち寄って興奮しない商人は居ない。何しろ商売の話がそこかしこに溢れている。ここで働けるなら、四半世紀は尊敬されるだろう。
 そして、俺の商人だ。名をセロン=イヴといい、依頼を中心に活動している。イメージとしては、物流専門の万屋だ。
 馬車の座席に座って今回の客を探す。今俺が運んでいるのは、薬が少しと、特産物の毛皮などだ。薬は儲かる。このまま商売を続けていけば、十年、いや、数年後には自分の店を建てる事が出来るだろう。まあ、未来のことだから何とも言えないが、やはり夢は叶えたい。
 俺ももう25歳だ。17歳で家を出て、今まで何とかやってきた。家に戻るつもりはない。まあ、出て行ったときの顔は知らないが、どんな顔をされるのかは予想が付く。だが、彼らにとって一番大切な『血統』は弟が護ってくれるだろう。そう考えることができるから、今まで商売に専念できた。
 早く自分の店を建てて定住したい。そうすれば、名実共に俺はあの家から解放される。そうすれば、友人だって、家族だってできる。やり直せる。
 …柄にもなく思考に耽っていたら、顧客の近くに来たようだ。見慣れた街並みが現れる。
  ―――さて、商売を始めるか―――



「――タスペ、アクニアが120タスペ、と。
そうだな、500バドンでどうだい?」

「了承しました。そちらも景気が良い様で、ありがとうございます。では、この契約書にサインを…」

 毎度のことながら、俺は嬉しい気分でその医者に書類を渡す。いや、正確に言えば闇医者か。彼は裏では褒められた事ではないこともやっているらしいからな。噂だと錬金術とか。
 そんな理由で彼と親しい人は多くないが、医者としての腕は確かだ。

「いやぁ、僕みたいな怪しい人に物を売ってくれる人はそうそういないから助かるよ」

 彼は『怪しい』を自嘲気味に笑いながら言った。

「それで、セロ君に少々頼みたいことがあるんだけど。もちろん正規ではないから報酬は弾むよ」

 『正規ではない』と堂々と笑いながら言っている時点でつわものだ。が、少し嫌な予感がする。危険な物だろうか。

「用件次第で承りますが……」

 その場しのぎの返事をすると、医者は奥の部屋から大きな箱を運んできた。見た目よりも重量がある様で、少し地面に擦りながら、腰を低くして今にも落としそうだ。

「これをラミエにいる私の友人に届けてくれないか?住所はメモに書いておいた。報酬は…前金で500バドン、成功したら100エイラでどうかな?」

 叫び出しそうになったのを抑えて、冷静に考える。ラミエとは南方に位置する町で、治安が悪いので有名だ。友人というのは、大方裏の仕事仲間だろう。
 それにしても、この木箱は俺の体重と同じくらいの重さがある。外からは何が入っているのかわからないが、棺に見えなくもないところが怖い。
 どうするべきか。報酬からして十中八九、危ない橋なのだろうが、ここで100エイラも手に入れば、夢までの道のりはずっと近くなる。
 俺が迷っていると、

「セロ君になら任せられると思ったんだが……君には荷が重すぎたかな」

 と言ってきた。明らかに揺さぶっている。

「荷物は重い方が良いですが、それが原因で泥濘に嵌まったりもしますからね。そのときは荷
物を捨てるのが妥当でしょう」

「まさに危ない橋は軽装で渡れ、かい。だけどこれは、どうしても必要なのものなんだけどねぇ…」

 少し整理してみる。まず、この木箱の中身はとても重要なもので、人には言えないもの。且つ、100エイラもかけて運ばせるようなもの―――

 ……推測ならいくらでも出来るが、唯一確実なことは、これを運ぶだけで500バドン100エイラ手に入るということだけか。

「――――――」
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