書架

□短編集
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「決意」


 ふわり

 …あ、アイツだ。背中に暖かい日差しを感じながら、うとうとしていると、頭の隅で思った。

「祐?」

 女にしては低めの声がする。悪い、まだ起きられそうにない。
 無論、それは言葉にならない。

「起きなよ。折角授業サボってきてるんだ」

 そう言いながらも、俺を起こす気配はない。カタリ、と横で小さく椅子を引く音がしてから、静かになった。
 遠くで授業をする音が聞こえる。この教室は、今は使われていない旧校舎にあるから、滅多に人は来ない。
 静かだ。背中の温かさが眠気を連れてくる。


 すぅ、と目が覚めた。時計を見ると、午後二時を回っていた。随分眠っていたみたいだ。欠伸と伸びを一緒にする。

 ふわり

 隣を見ると、アイツがいた。腕を組んで俯いている。眠っているのだろうか。
 微かに甘いような、さっぱりするような匂い。会う度にするんだし、コイツのだろうな。香水とは違う感じ。よく分らないけど、ほっとするのと、少しだけ緊張するような匂い。変な感覚だけど、嫌いじゃない。
 机に肘をついて、彼女を眺める。肩くらいの髪が光にあたって栗色に見える。この前、染めたのか、って聞いたら、天然だ馬鹿、と叩かれた。きっと色素が少ないのだろう。一番明るいろころは金色だ。それが穏やかな呼吸とともにさらり、と滑る。
 しばらくすると、彼女は眼を開けた。

「珍しいよな、怜がここに来るのは」

「気分だ」

 即答かよ。起きたばっかりだろ。

「お前が寝たとこ、初めて見たな」

「祐と寝たことないもんな」

 にやりと笑うのはやめてくれ。ヤラシイ方にしか聞こえなくなる。分っててやってるだろ。

「お前、本当に髪茶色いのな」

「天然だ、ほっとけ」

 うわ、睨まれた、なんでだ?

「褒めてるんだけど、綺麗だろ」

 すると、片方の眉をあげて、怜は言い放った。

「すけこまし」

 は??

「なんでだよ。思ったこと言っただけじゃんか」

 俺は机に座りなおす。椅子よりも座りやすい。
 怜はお構いなしに続ける。

「天然たらし。女の敵」

 いろいろと突っ込みたいところだが、まずは、

「お前の口から、女の敵とかいう言葉が出るとは思わなかったよ。俺はお前を一般女子とは認めない」

「当然。そんなことで褒められてもうれしくないね」

 にやりと笑って言う。本当にこいつは普通じゃない。性格は女のそれじゃないし、男さえも超越している。俺はコイツが誰かで遊んでいるところしか見た事がない、さっきを除いて。

「喜べよ、少しは」

「私は人間で遊ぶほうが性に合う」

 ………噛み合わない。いつものことだが、コイツに関わると振り回されっ放しだ。まったく、どれだけけの人間がソレに惹かれているのか。それを知っているから尚更性質が悪い。

「いつかお前を振り回してやる。やられっ放しは性に合わない」

 そうか、と言って怜は立ち上がる。何をするのかと思ったら、俺の前で立ち止まった。

「なんだよ?」

 俺は座っているから、目線が同じだ。なんか悔しい。
 次の瞬間、俺はさらりとした栗毛に目を奪われた。と、同時に感じたのは、右頬の熱。
 固まっていると、笑いながら耳元で囁かれた。

「やれるものなら、やってみな」

 そう言い残して、彼女は去っていった。まだ、頬が熱い。
 やられた。

「絶対、手に入れる」

 俺はゆっくりと教室を後にした。

          〜Fin〜
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