書架

□Feather
1ページ/1ページ

 『草木も眠る丑三つ時』とは一体、何時、誰が言ったのだろうか。平安時代だったか……今となっては何人にも分かることはないだろう。そして同時にそれが味噌となる。
 誰が言った、などよりも確かなこと。それは……
  ―――草木さえ眠る深夜でも、人外と区別されるモノは眠らない―――
 と言うことだ。



 金属同士がぶつかり合う澄んだ音が、静まり返った夜空に吸い込まれていく。
 漆黒の空には、たった一つの下弦の月と、わずかばかりの星が散りばめられている。そしてその仄かな明かりの中で、常人にはあり得ないような速度で走る人影が2つ。
 先方を走る者は、両手の指に多くの短剣を持ち、多少息を切らしている。対して、後ろから追いかける者の手には、その背丈の倍ほどはあるであろう巨大な鎌。彼はまだ息を切らしていないが、正常に呼吸しているのかは怪しい。顔から感情というのが抜け落ちているようで、静かに狂っているというのが一番しっくりくる。
 昼間、彼らのような人物が居たら、間違いなく警察沙汰だろう。だが、草も木も、この世界の多くの物が切り離されたこの時間帯ならば、その気苦労もない。
 彼らは速度を保ったままで住宅街を抜け、車道、並木道にかかる。
 すると、ただ走っていただけの先行する人影の動きが変わった。両の手に持っていた刃物を地面にばらまき、声として発せられているかどうかというような音量で呟いた。

「桜樹ガ下ハ貴様ノ――」

 が、途中で口を閉じ、動きを止めた。もう一方も同じように動きを止めている。別段、双方とも、疲労から止まったのではない。
 先方は、振り返った先で起こったことが信じられなくて。
 鎌をもった方は、自らの身に起きたことが認識できなくて、だ。
 鎌を構えている者の喉元から、今までに見たことのないデザインをした短剣が突き出している。

「動きが鈍いな」

 上空からかかる、若者の声。それと並行するように、空から舞い降りてくる少年。先刻の2人と見比べると、小柄だ。170cmは絶対に無いだろう。彼の姿の最も異質で、そしてとても馴染んでいる点は、その背中。巨大な翼が一対あることだ。
 それが見る見るうちに小さくなり、やがて背中に溶けるようにして消えていった。
「言いたいことは幾つかあるけど、とりあえず1つだけ」
 彼が地面に降り立つと、鎌を持ったまま微動だにしなかった人影が崩れ落ちるようにして倒れた。が、彼はそんなこと眼中にないと言った風に続ける。

「あの状況での呪詛は確実に不発だ。いくら『呪詛』とはいっても、所詮は『共感覚』だ。本体の疲弊が激しいのに向こうが乗せられるわけはないだろう?」

「……はい」

 少年に諭されるようにして、人影は頷く。月光に照らされた横顔は明らかに少年よりも年上のそれだったが、逆に少年の瞳には掴み所のない底の深さがあった。

「今日の分は、もう終わりだよね」

 そう言って彼は、自分の周囲を見回す。すると、彼の周りの闇に、十数人の人影が浮かび上がった。背格好こそ違えど、全員男だろう。少年はそれを確認すると、唇の端をつり上げて薄く笑い、

「還れ」

 とだけ言った。ただそれだけの単語で、今し方現れたばかりの影が次々と消えていく。最終的には、先程の青年もその場から消えた。
 そして残ったのは、少年と地に崩れた人影。その人影も消えようとしていた。さっきの男たちとはまるで違う意味の『消える』。即ち『世界から消える』ということ。体の末端から黒く染まっていき、それが全身に届くと世界から省かれる。間引きの終了。
 その様子を少年は暫く見ていたが、踵を返してその場から立ち去った。
 そうして残された人影は、日の出と共にこの世から消え去った。その首に突き立てられていた短剣は、1枚の羽となり、大地に取り残された。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ