過去拍手

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遅れた。日直だったのだ。
日直の仕事が終わるまで待つよと言ってくれた最高に、今日は寒いからと言って先に仕事場に行かせたのは紛れもない秋人自身だ。
けれど四六時中一緒にいるのだから、たとえ少しの間だったとしても最高と離れているのは寂しくて、秋人は日直の仕事もそこそこに、寒空の下を仕事場へと急いだ。

「寒ッ」と呟きながらドアを開けると、そこには無造作に脱ぎ捨てられた最高の靴があった。
自分の靴を脱ぐついでに最高の靴も揃えて部屋に入ると、肝心の最高の姿が見えない。
だがかすかな息遣いは聞こえた。
ソファーを覗くと、そこにはすやすやと熟睡している最高の姿。
どうやら秋人を待っている間に眠ってしまったらしい。
秋人が声をかけても身じろぎ一つせず、全く起きる気配がない。

どうしたものかと立ち尽くしていたら、突然バイブ音が部屋に響き渡った。
鞄を覗くが自分のではない。
秋人は音を頼りに最高の携帯を探し、作業机の側にこれまた投げ捨てる様に置いてあった鞄の中から見つけたそれを手に取った。
メール、亜豆からだ。

「………やべぇ、見たい」

最高の大好きな亜豆からのメール。
いつもどんなことを話しているんだろう。実際には話してないんだけど。
秋人は最高をちらっと盗み見た。
相変わらず気持ち良さそうに寝息をたてて眠っている。
そういえば、前に最高が秋人の携帯を見ていたことがあった。
恐らく浮気をしていないかの確認をしていたのだろう。本人は頑なに否定していたけれど、他に他人の携帯を見る理由もない。

秋人は「お互い様だろ」と呟いて最高の携帯をパチンと軽い音と共に開いた。

「亜豆ばっか……。まあ男よりマシだけど」

受信メールを見ながら最高が寝ているソファーに腰掛ける。
ちょっと狭いなと思って、秋人は最高の頭を自分の膝の上に乗せ、「これでよし」と、また携帯に目を向けた。

片手は最高の頭を撫でながらもう片方の手は携帯を操作する。
だが、秋人の心配は杞憂も同然だった。
亜豆からのメールは思っていた以上に簡素なものばかりで、少し飽きかけていた時に秋人はある名前に目を留めた。

「あ……。こいつ、サイコーのこと好きな奴だ」

(確か、俺が漫画家になろうって誘う前にサイコーと仲良かった奴……。鈴木、だっけか)

前々から最高に対するスキンシップが激しいなと思っていた。
秋人も激しいが、学校や外など人目につくところでやると最高に無視られるので仕事場限定だ。

まあ最近めっきり話さなくなったとはいえ、友達なのだからメールのやり取りくらいしていても不思議ではない。
それでも沸々と沸き上がる嫉妬。
男とメールしてる素振りなんて一切見せなかったから、ていうか見せる必要もないけれど、とにかくこれは秋人にとって重大な問題だった。
今すぐ最高を叩き起こしたい、そう思って下を見遣ると可愛い寝顔。
叩き起こすのは少し可哀想だ、と秋人はため息を吐いた。

「取り敢えず内容見てから、か……」

メールを開くと、そこにはやけに長ったらしい文章がつらつらと並んでいた。

「うっわ、長……。俺でもここまでじゃねえよ……。多分……」

一人でぼそぼそと呟きながらスクロールして文を読み進めていく。
内容は最近面白かったゲームとか漫画とか、まあ所謂他愛のない話だった。
絵文字のハートの多用が少し気になるが、内容自体は至って普通。
一回戻って今度は送信BOXを開き、秋人は鈴木への送信メールを確認しにかかった。

(サイコーも俺の携帯見てた時、こんな気持ちだったのかな……)

最高が嫉妬していると知った時は相当嬉しかったが、いざあの時の最高の立場になってみると中々切ない。

「あ……、俺の話……?」

最高の送信メールには秋人の話が書かれていた。
最高も鈴木と同じくらい長い文章を打っていて秋人は顔をしかめた。
いつもは用件を伝えるだけの短いメールのくせに。
まあその分沢山会ってるからほとんどメールなんてする必要がないんだけど。

「高木は……、すごく良い奴……。俺のことをいつも優先してくれて……、って、なんだこれ?」

(褒め倒しじゃん)

いつもはこんなこと絶対に言わないのに。
秋人は顔が緩むのをそのままに、最高の頭を撫でていた手を最高の頬に持っていった。
そのまま軽くつねると、最高が少し呻いて目を開ける。
「おはよ」と言う秋人を見て数回目を瞬かせると、最高はがばっと起き上がって顔を真っ赤に染めた。

「な、な、なんで膝枕?! 日直は? つーかそれ俺の携帯!」
「まあ落ち着けって」
「落ち着いていられるか! なんでニヤけてるんだよ、携帯返せ!」

最高が一気に捲し立てて秋人の手から携帯を奪おうとする。
おっと、と携帯を持った手を避け、秋人はバランスを崩して秋人に倒れ込んだ最高をぎゅうっと抱き締めた。

「鈴木に俺のこと話してたんだ?」
「………ッ! 勝手に見んなよ、!」
「サイコーだって前に俺の携帯見てたろ?」
「あれは……っ。お、俺は浮気とかぜってーしないから。シュージンじゃあるまいし」
「ひっでー」

笑いながら最高の頭をくしゃくしゃに撫で回すと、最高が嬉しそうに目を閉じる。
携帯を閉じてソファーに置くと、両手で最高を抱き締めてキスをしてやった。

「俺、サイコーのこと嫌いになったりしない。ずっと好き」
「ん……。信じる……」

最高がふわっと微笑んだから、秋人も優しい笑みを返した。


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