Syusai-N-


□偽り
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「サイコー、少しは休めよな。また身体壊して心配させんなよ?」
「ん、ありがと。香耶ちゃんも手伝いありがとな」
「いいのいいの!私が出来ることっていったら、これくらいしかないし……」

アシスタントが帰った後の仕事場には必然的にこの三人が残る。
昔と何も変わらない。
中三の頃に出会って、高校からずっと一緒にここまで来た。
だから、思っていた。
香耶も亜城木夢叶の力になれていると。
名が入っていなくとも、自分は亜城木夢叶の一員であると。

秋人と結婚もした。同居もしている。
ついつい舞い上がって、妙に派手なベッドも買った。
最高も亜豆と順調。
全てが上手くいっていると思っていた。

それなのに時々感じる疎外感。
高校の頃からずっと胸の奥にあった不安。
ついさっきも聞いた、秋人の最高を呼ぶ声。
幾ら大切な相方であったとしても、男相手にあそこまで優しい声を出せるものだろうか。
仕事場にいる時は終始最高に付きっきりで、もしかして香耶の存在を忘れているんじゃないだろうかと思うことも多々ある。

しかしそう思うだけで問うことはしない。
言ってしまったら、きっと二人にはもう一生会えなくなる。
たとえ一緒に暮らしていたとしても。

「……なんか喉渇いた。俺ちょっとコンビニ行ってくるわ」

ペンを置いた最高が立ち上がり、財布をズボンのポケットに押し込んだ。
それを見た秋人も慌てて財布を持ち、最高の側へ寄り添った。

「待てよ。夜だし危ないから俺もついてく」
「はぁ〜?大丈夫に決まってんだろ。香耶ちゃん一人にする気かよ」
「真城、良いこと言った!女の子を置いてくなんて、秋人さんひどい」
「いや、俺からしたらサイコーも女みたいなもん。じゃ、ちょっと行ってくるから」
「女扱いすんな!」
「はいはい。行くよ、サイコーちゃん」

パタン、とドアが閉まる音が虚しく響いて二人の声は聞こえなくなった。

「……聞いた?真城は女の子なんだって………」

誰もいなくなった部屋の中で、秋人の言葉をなんとなく反芻してみる。
当然それを肯定する者はおらず、否定する者もいない。
結果、自分自身にその言葉が重くのし掛かっただけだった。

「高木秋人は、高木香耶よりも真城最高が好きなんだって……。結婚してるのに」

語尾が震えた。
気が付くとベタ塗りをしている右手も小刻みに震えていて、
これ以上作業するなんて無理だった。
それ以前に、流れ落ちた涙で原稿用紙が
ぐちゃぐちゃになってしまったのだから、作業云々じゃない。
香耶はのろのろと立ち上がると、いつも最高が
原稿を描いている机に近寄り、引き出しを開けた。

「ははっ……、何よこれ……」

見つかったのは大量のコンドーム。
前にこの引き出しを開けて驚いていた最高に、
意味深に微笑みかけた秋人を覚えていた。
まさかあの最高がこんなものを買い込んで、あまつさえ作業机の引き出しの中に入れるなど出来るはずがない。
そうなると浮かび上がる犯人はただ一人。
香耶はその場に座り込むと、膝を抱えて泣いた。
その時に腕の隙間から見えた、部屋の隅に無造作に置かれた毛布二枚。

「私だって、一緒に寝た……よね……?」

いつも秋人よりも先に寝て、秋人よりも遅く起きているから。
だから秋人は香耶よりも遅くベッドに入り込んで、
香耶よりも早く起きてベッドから抜け出しているのかと思っていた。

「どうりで……、シーツが冷たいわけだわ」

自嘲するかの様に呟くと、また涙が溢れた。
きっと香耶が秋人に告白した時には、既に秋人の心は最高に惹かれていたんだろう。
いや、もしかしたらもう思いは通じ合っていたのかもしれない。

秋人が香耶に「心配」という単語を言ったことがあっただろうか。
結婚は、所詮形だけの空虚なものだったというのか。
二人で食卓を囲んだ時も、秋人の口からは最高の名。
香耶のことになんて、何一つ触れてこない。

「真城には美保がいるじゃん……。秋人さんには私が……」


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