Syusai-N-


□偽り
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その時目についた秋人の鞄。
持って行ったのは財布だけだから、鞄だけが残っていても不思議ではない。
香耶は涙を袖で拭い、四つん這いで鞄の側まで移動した。
指先でそっと中をまさぐると、爪に硬い感触。
覗いてみるとそこには、キーホルダーが付いている仕事場の合鍵があった。
そして鞄中を探しても見つからなかったもの。

「秋人さん……。私達の家の合鍵は……?」

ガチャ、と音がした。
慌てて立ち上がると、秋人と最高が談笑しながらアイスを食べていた。

「ただいま、ごめんアイス先に食っちゃった。これ香耶ちゃんの分」
「ありがと…」

最高が袋を差し出す。
それを受け取ると、香耶は秋人の食べているアイスを見遣った。
最高と同じチョコの棒アイス。
一方香耶のはイチゴ味のカップアイスだった。
きっと選んだのは最高。悪意はないのだろう。
現に、香耶はこのアイスが大好きだ。
けれど感じる孤独感。
家にいる時にこんなに楽しそうな秋人を見たことがあっただろうか。

「香耶ちゃん食べないの?溶けるぞ」
「あ、うん……。……ねぇ」
「ん?」

アイスを持ってない方の手の中には、先程涙で
ぐちゃぐちゃになった原稿用紙が握りしめられている。
丸めたからといって女の手の中に収まりきるはずもなく、
きっと最高も秋人もそれに気付いている。
それでも秋人は何も言わない。
最高は優しいから、必死に気付いていないフリをして
香耶の気を紛らわせてくれている。
けれど、そんな上っ面の優しさなんかいらなかった。

「やめてよ……。そんなに私を一人ぼっちにして、楽しい?」
「香耶ちゃん……?どうしたんだよ?」
「うるさいっ!ねぇ秋人さん、どうして何も言ってくれないの?なんで、結婚なんかしたの?」
「香耶ちゃん……!まさか気付いて……」

最高が目を見開いて香耶を見つめる。
アイスが溶けて手に流れ落ちていくのも厭わずに。

秋人は既に食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に投げ捨て、
最高に近寄るとアイスで汚れた最高の手を持ち上げて舌で舐め取り出した。

「ちょっ……!シュージン?!」
「こういうこと。分かった?」
「ッ……!」

再び床に頽れそうになる足を叱咤して、香耶は秋人を思い切り睨んだ。

「いつからなの……?」
「俺が漫画家になろうって誘った時から」
「……やっぱり、そうだったんだ」
「悪く思うなよ。お前がしつこく言うから、付き合って、結婚もしてやったんだ」
「だったら……っ!断ればよかったじゃない!私を殴ってでも!男なんだから本気出せば私なんか余裕で怪我させれるでしょ!……私は……っ」

馬鹿みたいだ。
一人だけ舞い上がって、一人だけ嫉妬して、一人だけ泣き叫んで。
幸せだと思っていたのに。
秋人の、最高を見つめる優しい目と香耶を見下ろす冷たい目。
もう無理だと確信した。
この場にいることも、家に帰ることも。

「香耶ちゃん……、ごめん……」
「いいなぁ。真城は愛されてて。私なんか……ほら、邪魔って言われてる……」

ゴトン、とカップアイスの落ちる音。
香耶はふらりと秋人の元へ行くと、手の平を差し出して震える声で言った。

「合鍵……返して」
「捨てた」
「………え?」
「だから、捨てた」

堪えていた涙が再び頬を伝う。
馬鹿みたいに、同じ道筋で何度も何度も。
しかしそれを秋人が拭ってくれるはずもなく。

香耶はわざと最高に身体をぶつけて、仕事場から逃げ出した。
夜空は曇っていて、星一つ香耶を照らしてはくれなかった。

きっと今頃、仕事場の中では秋人が満面の笑みで最高を抱き締めていることだろう。

「これから、どうしよう……」

独白が闇に消えた。

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