Syusai-N-


□言えよ、早く 1
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目障り。そう本人に言えればいいんだけど、俺にそんな度胸はなかった。
いつもの仕事場、学校帰りにシュージンと二人で向かう。
途中でコンビニに寄って、シュージンが持つカゴにお菓子を次から次へと放り込むと、声では俺を叱りながらも、シュージンは笑顔で全部おごってくれた。

夏は暑さに不平を言いながら結局はべったりとくっつくように歩いた。
冬は寒さに不平を言いながらお互いを暖めるように寄り添って歩いた。
誰にも邪魔されない、二人だけの世界。
会わない日はなかった。朝から晩まで、自分達も呆れる程に一緒にいた。

楽しかったなあ、って思う。
俺は目にかかる前髪をかきあげると、ソファーに座って談笑するシュージンと見吉を見た。
ネーム進んでないじゃん。何やってんだよ、締切もうすぐだろ。

もう何回言葉にならないシュージンへの思いを積み重ねただろう。
シュージンに彼女が出来た。見吉香耶、亜豆の親友。
最初は彼女の勘違いから始まったことだった。
シュージンの言葉を変な風に受け取って、力尽くでシュージンを手に入れた。

つい最近までシュージンは俺だけ見てくれていたのにな。
いつシュージンを見ても目が合ったんだ。それが、今じゃこっちを見向きもしない。

「………わり、俺今日はもう帰るわ」
「え、サイコー帰るのか? ……じゃあ俺も」
「何で。お前は見吉といたら」
「真城ぉ、良いこと言うじゃん!」

ああ、うざい。なんなんだよ、もう。
むしゃくしゃして頭をかき乱す。
見吉、お前学校にいた時よりも絶対にスカート短くなってる。
彼女を一睨みして乱暴に投げ捨てられていた鞄を担ぐ。
「お先」と言って靴を履くと、後ろから慌てたシュージンの声が聞こえて俺は少しだけ動きを止めた。

「サイコー、待てって」
「えーっ、折角真城が気利かして二人きりにしてくれたのにぃ」
「でも……、」
「ね、いいじゃん。高木ぃ」
「………、あと1時間」
「うんっ」

去っていく足音。なんだよ、来いよ、意気地無し。
必死に感情を抑えてドアを閉め、足元を見ながら家路を急いだ。
ただいまも言わずに部屋に向かう。
下から母親の怒声が聞こえたけれど、言い返す気力もない。
ネクタイとボタンを外してごろんとベッドに寝転んだ。

今頃何してるんだろう。見吉のことだから、色仕掛けかなんかでシュージンと事に及ぼうとしてるんだろうな。

「馬鹿野郎……、シュージン……ッ」

布団を頭から被る。
初めてキスをしたのはいつだったか。
昨日も深夜の仕事場で散々泣かされた。
どんなに深く繋がったって、翌日にはシュージンはけろりとして見吉と話すんだ。

自然と股間に手がのびる。
ゆっくりとチャックを下ろして声が出ないように指を噛んだ。

「ン、ぅ………、シュージ……、」

陰茎を緩く扱くと、それはすぐに硬度を持って上を向く。
先端はすでにびしょ濡れ。指を噛んでいても、隙間からくぐもった声が洩れてしまう。
先端を爪で引っ掻くと、びくんと腰が跳ねて高い声が出た。
気持ちいけど、何か足りない。こんなのはシュージンとする時の比ではなかった。

噛んでいた指が後ろの蕾へそろりと向かう。
唾液で濡れた指をぐりぐりと捩じ込むと、抑えきれない声が部屋に響いた。あ、カーテン閉めてない。だけど、今更やめるなんて無理な話だった。

「はぁ……っ、イク……ぅ、シュージン……!」

ティッシュを取る暇もなく手の平に精液を吐き出すと、最高は拭き取りもせずにただ息を荒げたまま寝返りを打った。

何をやっているんだろう。
今シュージンに電話したらどうなるんだろう。
仰向けになって天井を見ながらぽつりぽつりと頭に浮かぶ疑問。
答えなんて出なくて、だから頬を伝う涙の意味も分からなかった。
早く明日になればいい。
きっとシュージンはいつものようにけろりとした表情で俺に話しかけるだろうから。
それで、俺も何もなかったみたいに笑って話すんだ。
結局それくらいの関係だということ。
いくら俺がシュージンとの関係を深くしたいと望んだところで、彼にはもう先着がいるのだ。

俺が先だったはずなのに。とられた、なんて言い方は女々しくて何だか嫌だけど、とられた。亜豆の親友に。

俺はシュージンの親友として生きていかなくてはならない。
そういうレッテルを貼られて、それに従って生きるしかないんだと思う。

「………7時か、」

もう見吉は帰ったかな。もしかしたら情事の真っ最中かもしれない。
机の上の鞄を見遣る。中から携帯を取り出して、なにくわぬ声音で電話をすることも出来た。
もちろん、そんな勇気は俺にはなかったけれど。

手の汚れを拭おうと気だるい身体を起こすと、先程まで見つめていた鞄の中からバイブ音が聞こえた。

「かけてくんなよ、馬鹿………ッ」

画面に光る高木秋人の文字。
指先が通話ボタンの上で震えている。どうしよう。
結局シュージンの方から電話を切るまで俺は動けないでいた。指先だけは震わせたまま。

嫉妬って、気持ち悪い。
これからもずっと、俺は嫉妬を抱えたままシュージンと接していかなければならない。
身体を重ねることはあっても、想いが通じ合うことは決してない。お互い本当のことを言える勇気がないから。

昔、シュージンが俺に何か言いかけてやめたことを思い出した。
「なんなんだよ」と笑って流したけれど、本当は分かっていたんだ。
好きって言おうとしてたんだろ。
俺は言ってくれるまで待とうとしたのに、言う前に離れちゃ意味ないじゃん。

「………言えよ、早く」

開いたままの携帯画面が暗くなる。
黒い画面に映った自分の顔は、ひどく哀れな表情をしていた。


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