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□ごめんなさいも言えなくて
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「おばちゃん、終わりました」
「まあまあ、ありがとう竹谷くん」

「いえ」
「ではまた夕飯の後に」
「ええよろしくね」
「はい」


食堂に向かってみると腕捲りをした先輩がちょうど食堂から出てきたところだった。手には何か包みを抱えている。


「先輩」
「うお、孫兵、どうした」
「いえ同級生が先輩が食堂にいると言っていたので」
「そっか、で?何か用か…」


そこまで言って先輩は急に顔色を変えた。


「今日はどいつだ?」
「え」
「ジュンコ、は、いるな。どのへんで居なくなった?」
「あ、ちが」
「小屋は全部食満先輩に修理してもらったんだけどな」
「先ぱ」
「あ、でも俺が直したとこに何か不備が…」



どうやらペットが逃げ出してしまったと勘違いした先輩はまるで富松みたいに狼狽えだした。


「1年の教室の方に逃げ出してしまったら大変だ」
「先輩、違います」
「もし誰かが怪我でもしたら俺は委員長代理失格」
「先輩!」
「うえ」


柄にもなく大声をあげて、ようやく被害妄想を止めた先輩にため息をつく。


「大丈夫です。誰もいなくなっていません」
「お、なんだ、よかった」


ほっと目に見えて安心したように息を吐く先輩。


「あ、の」
「ん?」


先輩の手元をふと見ると慣れない水仕事をしたせいか手が赤くなっていた。さらに飼育小屋を直していた時に出来た傷も窺える。
ジュンコが励ますように私の首を優しくきゅっとしめた。


「竹谷先輩…あの、何か、困っていることはありませんか」


意を決してそう言うと先輩は目を瞬かせた。


「いや?大丈夫だけど?」
「そう、ですか」


先輩は首を傾げ私に一歩近づいた。


「どうした?」
「え」



俯いた顔をあげるとまた、先輩が心配そうな顔をこちらに向けている。



ああ、駄目だ…。
また、困らせて



「ほ、本当に、困っていることはありませんか」
「え、いや」
「で、では今は何を」
「ああ、ちょっと、きり丸に頼んでアルバイトを」
「アルバイト?」
「ああ、まあ生物委員の予算だけじゃ何かとな…」


頷き苦笑した先輩ははっと思い出したように手に持っていた包みを取り出した。


「ついでに卵ももらったんだぜ」
「卵?」
「そ、お前のペットたちの餌になればなってさ」



ジュンコがピクリと顔を起こし先輩の差しだして包みに顔をすりよせた。


「良かったなぁジュンコ。ほら」


その様子に微笑んだ先輩は私の手にその包みを押し付けた。


「私のペットたちのために?」
「ああ」



先輩はにこりと笑って私の肩をたたいた。



「まかせとけって言っただろ?」




その言葉を聞いたら、何も言えなくなってしまった。


本当は何かこの先輩の手助けがしたかった。頼って欲しかった。けれど


「頼ってください」


なんて、私の口から言える訳もない。
いつだってこの優しい先輩を困らせているのは私なのだから。



「孫兵?」
「え」
「何、泣いてんだ?」



言われて自分が涙を流していることに気付く。



「どうしたんだよ急に」



ジュンコの冷たい舌が頬を舐めるけれどぼろぼろと勝手に流れる涙を止めることが出来ない。


「孫兵」
「あ」


先輩が私を抱き寄せて頭を撫でる。


「ありがとな」
「な」


頭上から降る柔らかな言葉に目を見開く。


「な、なぜ…」
「俺の心配してくれて」
「先輩」


やはり、この人は優しすぎる。
私は目を擦って先輩の胸を小さく叩いた。


「お?」
「私は…」


呆けた顔を見上げ得意な憎まれ口をたたく。


「子ども扱いしないでください」


先輩ははっとして両手を上げ体を引く。


「悪い」


そうしてまた困ったように眉根をさげて笑った。


「そうだよな、もう三年生だもんな」
「はい」
「じゃあ頼ってもいいか」


え、と声を溢す。
先輩は食堂を指差し言った。


「明日、皿洗い手伝ってくれ」
「はい!」

「なんだよそんなに皿洗いが嬉しいのか?」



勢いの良い返事に笑う先輩に私も微笑む。



「先輩…」
「なんだ?」






困らせて迷惑をかけることしかできないけれど




あなたは優しい人だから




私はいつも甘えてしまう。



だからその甘さに優しさにごめんなさいも言えなくなって、またこぼれそうになる涙をこらえる。



「先輩」
「おう」
「ありがとうございます」
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