頂き物

□Zářící budoucnost.
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Zářící budoucnost.
-輝く未来-




海に囲まれた島国『ルーガ』。
風の都としても有名なこの国の首都に、彼等が訪ねて来たのは本当に突然の事だった。


「よぉ、ルーガ。元気にしてたか?」
「フランス?!」


それは久々の休暇だと喜びに朝、目覚めてすぐの事。
自宅に慌てて訪れた部下に急かされ上司の待つ職場の事務室へ向かうと、そこには数年ぶりに見るフランスの姿があった。最後に会った時はその顔に髭はなかった気がする。

思いもよらない再会に喜ぶルーガ。
最近は国内外問わず悪い出来事ばかりが続いていた彼にとって、フランスの訪問はとても嬉しい出来事だ。


「久しぶりだね、フランス! 突然どうしたの??」
「実は仕事ついでにちょっと『旅行』にね」
「旅行??」


フランスの言葉にルーガは首を傾げる。
それもそのはず。今も昔も大陸では相変わらず争いが絶えず、この時期に海を越えてまでやってくる時間は今のフランスに無いとルーガも知っていた。
なのに、わざわざ無い時間を割いてまでフランスが此処へ訪れた理由は一体なんだろう。
『旅行』と言うにはあまりにも不可解なその行動に、ルーガの表情は自然と険しいものとなる。


「そんなに警戒しなくても、今回は本当にただの旅行だってば」


そんなルーガに苦笑いするフランス。
様々な事態を予想してみるものの、彼の態度から本当に『何か』をしに来た訳ではないというのが見て取れる。それがわかりとりあえずは安堵した。


「そうそう。お前に紹介したい娘(こ)が居るんだ。――アリス」


フランスの呼びかけに彼の背後からゆっくりと現れた一人の少女。
どうやらフランスの背に隠れて気づけなかったらしい。
スッと、音もなく彼の隣に立った彼女にルーガは驚き言葉を詰まらせた。

見た目は13…――否、もう少し幼いだろうか。不意に目が合い身体が強張る。
何よりルーガが彼女を見て驚いた理由はその瞳の色だ。
古くから、ヨーロッパでは赤い瞳や毛髪をもつものは『悪魔の化身』として忌み嫌われているから。


「彼女は『ギーゼル』。最近建国したばかりの新しい『国』だよ」
「えっ、国――?!」


自分と同じ存在だという少女を見返すと、驚くルーガに彼女は表情も変えず会釈した。

赤い瞳に少しも抵抗がないと言えば嘘になるが、同じ『国』だというなら仲良くしたい。
ルーガはジッと自分を見つめる少女に対し、「よしっ!」と心の中で決意を固めると、改めて彼女を見つめ返しその口元に笑みを浮かべて見せる。

そんなルーガの姿が意外だったのか、次は少女が俄(にわ)かに瞳を見開き驚いた様子で瞬きを数回繰り返した。


「この娘は内陸にあった『保護区』で生まれたんだ」
「え、って事は…『Konec světa(この世の終わり)』??」
「そっ。今は『ギーゼル』って名前になったんだけどね。今日はその事も含めて、お前ん所に各国の情勢を知らせようと思って来たわけ」


「海の真ん中じゃ正確な情報なんて入ってこないでしょ」と言いながら、ルーガの頭を優しく撫でるフランス。
彼は昔からなにかと自分を気にかけてくれている。それもさりげなく、自然に。
気恥ずかしいのであまり言葉にした事はないけれど、ルーガの中でフランスは『兄』のような存在だ。

頭の上にのる手の心地良さに自然と口元が弧(こ)を描いた。

それからフランスは、これからルーガとフランスの上司を交えて会合を開くと言う。
急な事でもちろん非公式な場ではあるが、今後の両国関係に関わる重要な会合になるかもしれない。


「わかった。俺、急いで準備してくるよ!」
「いやいや。お前は今回参加しなくて大丈夫だよ。会合って言ってもただの世間話になるだろうし」
「え??」


会合には参加しなくてもいい。
では一体なにを上司は慌てて自分を呼びたてたのだろう。今日はなんだか考える事ばかりだ。
疑問符ばかりが頭に浮かぶルーガにフランスはどこか面白いものでも見る様に目を細めた。


「今日お前を呼んだのは、ひとつ頼みがあってさ」
「頼み?」
「さっき言っただろ、『旅行に来た』って。彼女にこの国を案内してほしいんだ。俺はこれから仕事だし、この娘をひとりにするわけにもいかないからさ」


だから、ね。と目配せするフランスにルーガは少女へ目を向ける。
彼女は相変わらず無表情のまま自分を見返していた。

新しい国。自分の後輩。
フランスが兄とすれば、妹、みたいな感じになるのだろうか。
そこまで考えて、先程と変わらず真っ直ぐ自分を見つめる赤い瞳にくすぐったさを感じた。


「うん、わかった! ギーゼルの事は俺に任せて」
「よろしく頼むよ」


意気込むルーガの姿に笑みをこぼすフランス。

その後。上司と共に部屋を後にしたフランスを見送り、少女とふたりきりとなったルーガは改めて彼女へ声をかける。


「俺はルーガ。よろしく、ギーゼル」
「…よろしく」
「これからどうしようか。ギーゼルは何処か行きたい場所はある?」
「私はこの国の事を知らない」
「あ、そっか。そうだよね。えっと…」


さて、どうしたものか。
この国を案内するといっても、なにせ突然の事で何処へ連れて行けば喜ぶのか見当もつかない。
かといって手は抜きたくはないし、引き受けたからにはちゃんと案内をして彼女にこの国を好きになってもらいたい。

んー、と腕を組み考え込むルーガに少女が言った一言。
その言葉に彼は俯いていた顔を上げた。


「…花」
「花?? 花が好きなの?」


聞き返すルーガに少女は頷き返す。
『花』という単語から考えをめぐらせ、それなら、とルーガは少女の手を取り早速彼女を外へ連れ出した。




「どう? 綺麗でしょ」

ルーガの問いかけに無言で頷く少女。
言葉はなかったものの、目の前の花畑をジッと見つめる彼女の姿から『気に入っていない』わけではないとわかり、ルーガはホッと胸を撫で下ろす。

少女を連れ出し先ずルーガが向かった場所は広い花畑だった。
そこはルーガの国花が一面に咲き、吹き抜ける風に花弁を揺らしている。
ふたりはどこか適当に木陰へ腰を下ろすと、しばらく目の前に広がる花畑を眺めた。

――彼女は少し不思議な娘だ。
口数が少なく、喋り出したかと思えば驚くほど強い物言いをする。だからといって悪意は感じない。
例えば「風が吹いて涼しい」と言うのではなく、一言「涼しい」とだけ言葉にするのだ。
幼い子供が思った事をそのまま口にしているような、そんな感覚かもしれない。

そう考えると彼女の一挙一動にも納得がいく。
最初は戸惑いもあったけれど、その赤い瞳も見慣れるとヒイラギの実のように見えてなんだか可愛らしい。

相変わらず無表情で人形のような顔立ちではあるが、続く沈黙を破るようにルーガがこの国について話をしだすと、彼女はルーガの話に興味津々で耳を傾けてきた。



どれくらい話しただろう。
一通りの話を終えた後、何気なく『ギーゼルはどんな場所なのか』と問いかけた時、終始無言だった少女がポツリと「何もない」と返した。
その予想もしなかった言葉にえっ、とルーガの表情が険しくなる。


「草も木も、花も生えない。あるのは檻(かべ)だけ。『この世の終わり』…それが今のギーゼルだ」


『この世の終わり』。
内陸に存在する壁に囲われ、世界から切り離された場所。
自分はどこまでその場所について知っているだろう。
海の真ん中にあるこの国では、大陸の話など風の噂程度にしか伝わらない。
幸いにもこの国では草木は生えるし、水や食料も確保できる。ましてや檻(かべ)なんてものも存在しない。

彼女の言う「何もない」という状況が想像出来なかった。

言葉を失うルーガ。
不意に吹き抜けた風に目を細めると、隣に座っていた少女はまるで風を追う様に辺りを見渡した後、ルーガを見つめてこう言葉を続けた。


「だが、私はいつかこの場所のように『花が咲き乱れ、人々が笑顔で暮らせる国』になりたい」
「っ―!!」


自分達には夢や希望がある。
それは今も昔も変わらず抱いている想い。
『国』である以上、この想いを叶えられるのは他でもない『国民』。国は自分の願いすら自分自身では叶えられないのだ。

けれど、それでも願わずにはいられない。
想わずにはいられない。


――…いつか叶う『未来』を。



「っ、ギーゼルなら出来るよ! 俺も応援する!!」


思いのほか大きく発せられた声に自分でも驚いた。
目の前で自分と同じく驚き瞬きを繰り返す少女。
続く沈黙がなんだか恥ずかしい。


「…アリス」
「え?」
「私の名前だ。『国』としてではなく、私自身の名。お前にもあるか? お前自身の名前が」


何か話さなくては、とルーガが焦っていると、彼よりも先に少女が口を開いた。
彼女から問いを投げかれたのは初めてだ。
その驚きと、嬉しいような感覚が妙にくずったく感じて心が落ち着かない。


「…ある、よ」


自分を見つめる赤い瞳がキラキラと宝石の様に光って見えた。


「俺の名前は――」






「オルフィスー!!」


自分の名前を呼ばれて辺りを見渡しすオルフィス。
見渡した視線の先。空港の到着ゲートで荷物を片手に自分へ向かって手を振るアリスの姿があった。
大きく振られる右手にくすっ、と笑みが浮かぶ。
それに応えるように手を上げれば、彼女は少し足早にオルフィスへ向かって歩き出した。


「久しぶり、オルフィス。お迎えありがとう!」
「Není zač.(どういたしまして) 元気そうだね」
「おかげさまで。オルフィスも元気そうで安心した」


そう言って満面の笑みを浮かべるアリスにオルフィスは苦笑いする。
数百年前。出会った当初はそれこそ人形のように笑もしなかったというのに、今では忙しいくらいに笑ったり泣いたり怒ったりするアリス。

それは彼女の想い願っていた未来が、愛する国民の手で叶えられたということなのだろう。
赤い瞳はあの日のようにキラキラと輝いていた。


「今日はどこに案内してくれるの?」


アリスの持つ荷物を取り上げて、空いた方の腕を彼女へ差し出すと自然に自分よりも細い腕が伸ばされ組まれた。
オルフィスのエスコートて歩き出すふたり。


「自慢の花畑を案内するよ。青百合(ブルーリリー)が見頃なんだ」
「ふふっ、それは素敵ね」




時代の波は昔に比べてとても穏やかになった。
時折吹き抜ける風に翻弄される事もあるけれど、この先も彼女の瞳(みらい)が輝き続けばいいと思う…――






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