*Another-Future*

□重症患者と彼女の言葉
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俺は君が思うほど綺麗じゃない。

腐った大人なんだ。

夢をみることも忘れてしまった。





抱き締める腕の力を強め、小牧は毬江の耳元に囁いた。

胸の中にすっぽりと収まっている毬江は違うと言う様に首を動かしているけれど。

こんな雑踏の中で誰かを抱き締めたことなんか今までに一度も無かった。
華奢な肩を震わせて、可愛らしい顔を赤らめて。

こんなことが出来るのはやはり浮かれているからか。

街を鮮やかに彩るネオン。
その主だった色は赤、白、金で、どこからかお馴染みのメロディが流れてくる。

道の端から端を埋め尽くす人の並の中、抱き合っている小牧たちを見咎める者は誰もいない。
それが至るところにいるからだ。



恋人たちの祭典、クリスマス。

滑稽な話である。
仮にもイエスキリストの誕生祭というのに、信者でもない日本人は勝手にそんな呼称をつけてしまった。



様々な思いが頭を巡っていると、腕の中の毬江が小さく身を捩った。

「ごめん、苦しかった?」

そう聞くと毬江はふるふると首を横に振り、おずおずと右手をあげた。

小さな手は寒さで赤くなっていて、それが小牧の頬に触れたときは背筋を這うものを感じた。

―――それが寒さからなのかは定かではないけれど。

頬に添えた毬江の手の上から自らの手を重ね合わせる。
少しでも自分の持つ熱が毬江に伝わるよう願いながら。

「小牧さん、」

「うん。」

「私ね、」

「うん。」

「小牧さんになら何されてもいいよ」

と言ってにっこりと微笑んだ毬江の顔は赤く染まっていたが、けれど彼女よりも自分の方が真っ赤になっているんだろうと思うほど、その発言は小牧の意表を付いたもので、けれど同時に小牧のなかにあるなにかを打ち砕く威力をもっていた。

「………毬江ちゃん」

「はい?」

暫くの沈黙の後に顔を合わせずに小牧が呟いた。

「俺だって男なんだよ?」

「はい、」

「そんなこと言われたら、流石の俺だって我慢の限界なんだけど」

最早体裁や建前なんて無くなってしまった。
そんなもの、今の言葉を聞いても尚もてる奴がいるのならお目にかかりたいものだ。

「………我慢しないで」

私はもう子供じゃないよ、と潤んだ瞳で訴えられれば、長い間小牧を抑えていた最後の砦もガラガラと音を立てて崩れ去って行く。



―――ちくしょう、



小牧は頬に添えられた手を引っ張ると自分の首の後ろに回した。
そのまま近付いた毬江の細い腰に右腕を巻き付け、左手で毬江の右頬を包み込んだ。



――俺も変わったな

昔の俺なら絶対こんなところでキスなんかしなかったのに。



すっかり冷えていたお互いの唇を合わせれば、そこは一瞬にして熱を帯びた。
毬江の空いた手が小牧の服をきゅっと握る。
そのが堪らなく愛しかった。

触れるだけのキスだったが毬江の息は荒くなっていて、なんとなく自分自身顔が上気しているような感覚がする。



―――重症だな、俺…



毬江の手を繋ぎ、人の波に揺られながら歩き始めた。

「毬江ちゃん…」

「は、い…」

「今度さ、」





何処か泊りに行こうか。










◆   ◆   ◆   ◆   ◆


貰い物。

小牧すきです。

笑い上戸っ
 

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