小さくて大きな願いbook
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杏が目を覚まして3日が経った。
俺様は一度も杏に会ってない。いや、会えなかった。俺様のせいで記憶喪失になった杏。生活に必要な知識はすべて残っているようだが人物の記憶は全くもって残ってない。それはきっと、、、記憶を失った時の精神状態やショックによるものだと医師は言ってた。
「佐助。」
声のほうへ振り向けば旦那がいた。
「佐助。杏が目覚めたというのに会っていないだろう。そろそろ会ってみてはどうなのか?」
無理だよ、旦那。だって杏は
杏を傷つけたのは俺様だから―――
「あれから政宗殿がずっと杏についておる。このままぬけぬけしておったら杏は政宗殿にとられてしまうぞ。」
旦那、俺様が杏のこと好きって知ってたんだ。
何も言わない俺様に旦那は
「佐助。誰も佐助だけが悪いなんて思ってないのでござる。言って来い。」
って優しく太陽みたいに笑って言った。
そんな旦那に不覚にも泣きそうになりながら俺様は
「旦那にそこまで心配されちゃうなんてね。」
と必死で強がって杏の部屋へ行くことを決めた。
「杏?」
名前を呼びながら恐る恐る部屋へ入る。
目に映ったのは竜の旦那と杏が楽しそうにしゃべる様子だった。そんな2人に少なからずショックを受けながらそっとそばへ行ってみた。
俺様に気づいた竜の旦那が
「猿!」
と声をあげる。
その声で俺様に気づいた杏と目が合う。とたんに杏は震えだして、
「い、いやぁ。」
涙をぽろぽろ流しながら震える手で竜の旦那に抱きつく。
どういうこと?
「杏。俺様は佐助だよ。覚えてないの?」
杏に手を伸ばそうとすると
バシッ
思い切り振り払われた。
「やだ、やだ、いやぁああぁぁあぁぁああ!!」
ガタガタと音が聞こえそうくらい震えている細い肩。大きな瞳からは溢れるほどの涙が流れ、『恐怖』だけを浮かべた瞳で俺様を見つめている。
「杏。」
もう一度だけ名前を呼んだ。
しかし杏は竜の旦那に抱きつくようにして震えている。
「猿、今日はもう帰れ。」
俺様の屋敷なのにまるで自分の屋敷のようにして振舞う竜の旦那。いつもなら言い返すのに今はそんな気分にはなれなかった。
俺様は静かに部屋を後にした。
杏、
もう、近づくことすら出来ないの?
一緒に団子食べたり
一緒に偵察に行ったり
一緒に旦那の世話したり
それから
一緒に笑ったり―――
こんなに苦しいんだね、
当たり前だった幸せは当たり前ではなかったんだね。
いつも隣で笑っていた君はもう俺様の隣りにはいなくて、
俺様の顔を見るだけで怯えて泣いてしまう。
今さらながら自分の犯した罪の大きさを思い知る。
君と僕との間には見えない壁があるようだった。
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