シリーズもの&中編
□終
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走って走って、それでも届かなくて。
お前の手を離したあの日から後悔ばかりしていた。
やっと出会った気持ちは行き過ぎて、すれ違ってしまった。
それでも、「もう一度だけ」と思う俺は我侭なんだろうか?
我侭だってかまわない。みっともなくて上等だ。
それでも、杏が必要なんだ。
我侭でみっともない俺には。
「杏!」
小さな背中に向かって声の限り叫ぶ。
ビクっと小さく震えて遠慮がちにこちらを振り返るけど歩調をゆるめることはない。
俺は負けじとスピードを上げて杏の腕を掴んだ。
「やっ!」
短く悲鳴を上げて俺の手をふり払おうとする。でも、細い腕が仮にも男の腕に勝てるわけもなく、ようやく杏は止まった。乱れに乱れた息をお互いに整えながら、二人の間には沈黙が流れる。
二人きりしかいない。二人きりの廊下。二人きりの空間。
どれも久しぶり過ぎてこんな状況でも少し懐かしさを感じてしまう。
「さっきのは違うから。」
渇ききった口からようやく出た言葉はこんなもので。
今さら誤解を解いてなんになるんだ?杏はもう、俺のことなんてどうでもいいかもしれねぇのに。
弱気な考えが次から次へと頭の中に浮かんでは消えてを繰り返す。霧がかかったみたいに何も見えないようだった。言うべき言葉が見つからない。次になんて言ったらいいのか分からない。
凛と―
静かに響いたのは杏の声だった。
「少し、話そうか。」
杏SIDE
自分でも驚くほどに冷静な声だった。
今の私を遠くで見ている、傍観者の私がいるみたいに何だかこの状況を自分のこととして捉えられなかった。
「杏。」
二人で入った空き教室の中。
響いたのは貴方の声で。
この懐かしい空間を、二人だけのこの空間を。こんな状況だけど愛しいと思ってしまう。
この真っ黒な心のうちを全部政宗にぶつけたら何だか大切なものが壊れてしまいそうで。話そうと自分で言ったものの何も言えなかった。
「俺に、話してくれ。」
ゆっくりとその唇は言葉を紡ぐ。
大切に大切に。貴方の声を1つも聞き落とさないように、その言葉を噛み締める。
「何も、何もなかったのよ。私と政宗の間には。きっともう戻れない。私のせいなの。」
違う。言いたいのはこんな事じゃない。
「だから、私のことはもういいよ。忘れて。」
嫌だ。忘れないで。行かないで。
心で思っていることとは裏腹にひどく落ち着いた声で残酷な事をいう私。
いったい何度貴方を傷つければいいのだろう。
でも、きっとこれで最後だから。
これが政宗との最後だから。
「ふざけんなよ。」
政宗SIDE
忘れる?んなこと出来るかよ。俺にはお前が必要なんだよ!なんでいつも1人で抱え込むんだよ。
気づいた時には身体が動いていた。
杏の背中にまわした両腕はその折れそうな肩をきつく抱いていた。
「ま、政宗?」
びっくりして固まっている杏。
分からねぇようだから教えてやるよ。
お前がいないとこんなにも色あせた世界で、まるで時間が止まっているようだ、と。
「俺には杏が必要なんだよ。本当のこと言えよ!俺じゃ、こんなに情けねぇ俺じゃ頼りねぇか?俺はお前を好きなんだ。」
驚くほどに震えた声になった。
こんなんじゃ、ますます情けねぇじゃね
それでもお前にこの想いが届くようにと。
カタカタと小さく震える肩。
それで泣いているのだと分かる。俺は、好きな女を泣かせる最低な男だ。
杏は顔を上げ、震える声で言った。
「―っ好き。」
真っ直ぐに俺を見て。
涙をその瞳に溢れんばかりに溜めて。
ストレートな二文字を。
「わ、私も政宗のこと考えてなくて。自分だけ勝手に悩んで。自分で勝手に決めて。そして自分だけ傷ついた気になって。」
話しながら、杏の瞳からは次から次へと涙が溢れてきた。その涙一粒一粒を親指ですくってやる。この涙一粒には杏の今までの辛さや我慢、傷や痛みが詰め込まれているような気がした。
「俺も、気付いてやれなくて本当にすまなかった。俺が一番に支えてやるべきだったのに。」
教室には茜色の光が差し込んで。
窓から見える夕焼けの空は少し紫と混じり合っていた。
「好きだよ。」
飾らない一言に胸を打たれた。
こういう真っ直ぐなところに俺は惚れたんだ。
「私、政宗のこと好きだよ。政宗が許してくれなかったとしても、もう政宗以外好きになることなんてできない。離れている間、私も感じた。政宗がいないとだめだよ。」
微かに震えたその声を今ほど愛しいと思ったことはない。
「俺も、好きだ。愛してる。許すとか許さねぇとか始めからねぇんだよ。」
杏の頬を優しくなぞってさらさらの髪をポンっとなでる。
杏は俺の言葉に目を丸くしてその後涙でグシャグシャな顔をさらにくしゃっとして笑う。
「政宗、らしいね。私達はちょっと行き過ぎてすれ違ってただけなんだね。」
そう言って俺の胸に顔をうずめる杏。
珍しく甘えてくる杏。
久しぶりに甘えてくれた杏。
もう離さない。ってか離せねぇ。
「頼まれてももう離してやんねぇぜ。you see?」
吸い込まれそうな大きな瞳に問い掛ける。
「頼まれても離れません。」
ふふっと柔らかく笑う杏。
ようやく出会えた俺たちの気持ち。
きっとこれからも喧嘩したり、ぶつかったり、
すれ違うことがあると思う。
でも、
その度に俺は、
必ずお前の気持ちを見つけ出してその度にもう一度愛を誓おう。
そうして俺たちの絆ってのは深まっていくんだと思う。
一生に一度の恋だった。
最初で最後の恋だった。
だってもう俺はおまえしか愛せない。
恋―すれちがってまた出会う―
恋ってそういうものなんだ。
―END。
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あとがき
ご愛読有難う御座いました。無事完結です。
ここまで長かったようであっという間の11話でした。本当は10話で完結でしたが1話長くなってしまいましたね。
まぁ、何はともあれハッピーエンドでよかったです。ここまで読んでくださった皆さま。このお話が完結できたのは貴方様のおかげです。本当に有難う御座いました。
番外編などその後の二人などなどUPしていきたいと思います。そちらも楽しんでいただけると光栄です。このお話は最初から最後まで楽しく書きことが出来ました。初の拍手連載、完結です。新連載も考えておりますゆえ、またそちらのほうも頑張ります。
完結2012/11/01