シリーズもの&中編

□愛しさを全部
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「もう政宗様なんて嫌いですっ!!」


しん、と静まり返る室内。

ついつい口をついて出てしまった言葉。

慌てて口を両手で覆うけど、それは無駄な足掻きだった。

私を真っ直ぐに射抜くその隻眼はまるで真意を探るように、揺らぐことなき光を放っている。

その瞳に惹かれて、今までこうしてお慕いしてきた。
私はお城に仕えるただの女中だったのに、政宗様はこんな私を選んでくれた。
星の数ほどいるたくさんの女性の中から、たったひとり。私だけを―。

それなのになにが不満で、なにが悲しくて「嫌い」なんて言葉を発してしまったかと言うと…。

それは時を少し前にさかのぼる。

執務を抜け出してなかなか帰って来なかった政宗様を、小十郎様に頼まれて連れ戻しに城下へ出向いた時である。

思わず、息を呑んだ。

政宗様は綺麗な女の人と仲睦まじく歩いていた。
なんとなく声を掛けづらくてそのまま呆けていた。

そうこうしている間に政宗様と女の人を見失ってしまった。

しかたなくトボトボとお城へ戻り仕事を続けていたけど、やっぱりさっきの光景が頭から離れなかった。
涙が止まらなかった。
何度手で目を擦っても、止まる気配がしなかった。



そしてそのことが原因で政宗様と口論になってしまったのです。






政宗様の視線が痛い。

いつもは優しくて愛しむような視線が今ではビックするほどに冷たい。

無言の空気に耐え切れなくて、私は「失礼します!」だけ言い残して足早にその場を去った。
いや、逃げたと言ったほうがいいのかもしれない。

でも、いくらその場を離れたって「政宗様とあの女の人」それからさっきの政宗様の冷たい視線が頭から離れなかった。


それから数日、私と政宗様は一言も会話を交わさなかった。
それだけでなく目も合わせない日々が続いた。



どれだけ政宗様のことを頭の中から消し去ろうとしても考えるのは政宗様のことばかり。




「こんなに、こんなにも私の中は政宗様でいっぱいなんだな…。」



お庭掃除で箒を手に持ったまま、誰に話し掛けたわけでもなくポツンと1人呟いた。
少し冷たくなりだした空気を白く揺らした。


「まったく、Me,tooだ。」


それは何処からともなく聞こえた、もう何日もまともに聞いていなかった愛しい人の声でした。

低くて甘い、発音の良い異国語を話す。

私のたった一人の愛しい人。


「政宗様…。」


そこにはやれやれといった表情の政宗様がいた。


「俺の頭の中もおまえでいっぱいだ、杏。」


ゆっくりとこちらへ近づいてくる彼に反射的に一歩あとずさる。
それは数日前に「嫌い」とかなんとか言ってしまったのが原因なのかもしれない。


「杏、俺のこと嫌いか?」


そっと、壊れ物を扱うように優しく私を包む政宗様の腕。
持っていた箒をパタンと落としてしまう。でもそんなこと関係無しに貴方の温もりに心がこんなにも安らいでいる。


「ちなにみ俺は杏が好きだ。何回も言ってるのにどうにも信じねぇからな、杏は。」


喉の奥で少しだけ笑ったように話す政宗様。

「How about you?」

優しく耳元に響く低音。
後頭部にまわされた手がゆっくりと私の髪を梳かす。

隻眼の奥の光は、あの時の冷たい輝きではなく優しい。


「っ好き。」


その二文字が精一杯だった。


「ごめ、なさ!!」


ごめんなさい。

と紡ごうとした唇は政宗様のそれで塞がれる。
その優しい温もりが愛しくて。

嬉しいのに頬を涙が濡らした。



ゆっくりと、離される唇に離れがたい名残惜しさを感じる。


「Don`t cry。謝らなくていい。もう俺の腕の中に杏はいる。それだけいい。」

あぁ、
なんでこんなにもこの人は優しくて温かいのでしょう?

涙が止まらない。

その一粒一粒を親指で掬う。

それでも涙が止まらない。

嬉し涙も悲しい涙も全部貴方のために流すのです。貴方のせいで流れるのです。

「あれが杏の本心じゃないってことはすぐに分かった。だが、言い訳もできなかったしな。sorry。悲しい思いさせたな。」

気付いていたの?
嫌い、なんて嘘だって。

「杏のことは俺が一番分かる。謝りたかったがなんとなく気まずくて言えなかった。」

そう言って決まり悪そうに少しだけ視線を泳がす。


愛しさを全部

この愛しさを全部貴方に伝えられたらいいのに。

こういう時の言葉は、想いを伝えるにはあまりにも頼りないから。

だから少しでも伝わるように、貴方の背中に精一杯腕をまわして、精一杯きつく抱きしめた。



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