シリーズもの&中編

□強がりで、意地っ張りで
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「もう左之助さんなんて嫌いですっ!」


鼓膜を震わせたのは、悲痛な叫びだった。

俺は杏になんでこんなことを言われているのか、いや言わせているのかをイマイチ理解できずにいた。


杏は新選組の屯所で女中として働いている。
女子禁制のこの新選組屯所にどうして女の杏がいるのか。
それを話すと少し長くなる。

杏は近藤さんの親友の一人娘だった。
だがある日、杏のたった一人の家族である父親が病に倒れた。
もともと身体の強くない方だった杏の父親はそのまま杏に永遠の別れを告げたのだ。
杏の母親については詳しくは知らない。だが近藤さんの簡単な話によると、杏と父親を置いて出で行ってしまったらしい。

そんな過去から杏は初めて俺たちに会ったときから、どこか誰も信じられないような、そんな雰囲気を纏っていた。

だが少しずつ、本当に少しずつ杏は俺たちに溶け込んでいった。
よく笑って、よく泣いて、よく怒る。感情表現の豊かなやつだった。
そして絶対に、何があろうとも嘘を吐かない奴だ。

ただ少し意地っ張りで、誰かに頼ることを知らない。そんなところもあった。
よく仕事や心配事を1人で溜め込んで潰れてしまいそうになって。その度に土方さんに叱られていた。
でも、いつもは鬼のように怒る土方さんは杏にだけ優しく諭すように怒る。本人達はまったく気付いていないだろう。特に杏はそんな土方さんでも鬼のように怖いと思っている。
そしてあれだけ必死になって怒っている土方さんを見て、少しだけ胸が痛んだのを覚えている。


そして気付いたんだ。


俺は、杏、おまえを






「好きだ。」





って。





よく聞こえなかったのか、それとも意味が理解できていなかったのか。

そう顔に書いてあるようだ。

そんな真っ白に純粋で、真っ直ぐに素直な杏を見て、さらに愛しさが込み上げた。


「なんて、言ったの?」


そう尋ねる声も心なしか震えているように聞こえた。



「俺のこと嫌い、とか、本当にそう思っているのか?」


俺の質問の意味が分からないのか、さらに顔をしかめる杏。


「そ、んなこと…。」


歯切れの悪い答え。
本当に嘘がつけない奴なんだな。

あんなこと言ったなら少しは意地張ってみてもいいと思うが…。
なんて考えていたら、アタフタする杏の瞳と目が合った。


真っ赤になりながら、バっと気まずそうに視線を逸らす杏を見て愛しさと同時に、いじめてやりたい気持ちが湧き上がる。


「俺はおまえのこと好きなんだけどな。」


スっと瞳を細め、その揺れる瞳を捕らえた。


「うぅ…っ。」


唇を噛み締めて、俯く杏を強引に引き寄せる。


「ひゃあっ!」

驚いて、突然のことに頭がついて行っていないようだ。
パクパクと何か言いた気に動くその唇を自分のそれで塞ぐ。


一瞬、瞳が見開かれそして閉じられる。







それはほんの数秒のことだったかもしれないが、長く感じた二人の時間。




「もう一度言う。俺は杏が好きだ。」




腕にさらに力を込めて、折れそうな細い身体を抱きしめる。


返事を促すように、その赤く染まった顔をのぞき見れば

泣きそうな顔だった。




「私も嫌いじゃないです。」




強がりで、意地っ張りで



どうしようもなきくらに素直な杏が、


どうしようもないくらいに愛しい。




「好きって言ってくれねぇのか?」


「うっ!その、す、好き…です?」


「なんで疑問系なんだよっ!」


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