novel#

□白夜伝説 起3
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エルマーナ湿原の一角で、カインら5人は1人の女と向き合っていた。

その女は混血型機械人で、年齢は10代後半から20代前半といったところだろう。

頭に伸縮式の刃がついており、それを使い、彼女は自身より何倍もある魔物をたった1人で倒していた。

そして彼女を知っているブランティスから、その名が語られた。

「セイレーン・ルミナス。教会が危険視している無所属の女兵士だ」

「へえ?有名人なのか、私は」

彼女が眉を上下に動かしながら返事をすると、ブランティスがこくりと頷く。

「さっきもそうだったが、どんなに強い魔物を相手にしても倒してしまうという逸話がある。なので」

「敵には絶対回したくない、というワケね…」

マリアンナが引いたままその続きを紡ぐ。

セイレーンは口元に笑みを浮かべると、それから口を開く。

「それは光栄だ」

「光栄…なの?」

エリアスが不思議そうに首を傾げると、セイレーンは得意げに話し出した。

「ああ。その逸話は偽りではないからな」

見た目は女性らしいのだが、話し方はブランティス同様無骨で何だか味気ない。

機械人とはこういった人間が多いのだろうか。


そう思ってふとマリアンナを見ると、彼女はジト目でセイレーンを睨んでいた。

「どうした?」

視線に気づいたセイレーンが彼女に顔を向けると、マリアンナは無言のままハンカチをすっと差し出した。

「返さなくていいから顔くらい拭いて」

どうやら、セイレーンが先ほど倒した魔物の血を全身に浴びていることが気に入らないらしい。

彼女の潔癖を嫌うナッツがその行動に呆れた表情を見せる。

セイレーンは無言でそれを受け取ると、言われた通り顔にべっとりとついた血を落とし始める。

その作業をしながら、彼女はマリアンナにちらりと目をやった。

「そういう人間は、お前が初めてだ。…それから、耳が立っている人間も、初めて見る」

更に、視線をエリアスに移す。

「え、私?」

「あと、少年もだな」

その後視線を向けられて"少年"が自分を指していると理解すると、ナッツは耳をひょいと立てる。

セイレーンは2人を興味深そうにまじまじと見つめると、同族であるブランティスの前に立つ。

「これは何だ?機械人。私は21年生きているが、このような人間は初めて見る。一体、彼らは何なんだ?」

「妖人だ。この世界を司る種族のひとつ」

「ちょっと待った!」

2人の機械人のやり取りに、カインが乱入する。

「えーっと、セイレーンだっけな。あんた、妖人、知らないのか?」

「初めて見たと言っただろう」

「…なんで?この世界にいて、オレより年上で、種族ひとつ知らないっておかしな話だろ」

「!」

セイレーンが顔つきを強ばらせる。

「…確かに。住み分けされているとは言え妖人という単語自体は珍しいものではないし、また人間の住む土地にいる妖人はこの2人だけではない」

ブランティスも、カインが感じた疑問点を突っつく。

他の仲間たちも彼女をじっと見ていた。

彼女はその視線に気づくと、軽く目配せをしてぽつりと話し始めた。

「なるほど、つまり私は常識知らずという訳か。…はっきり言うが、私は戦闘知識以外を教わって無い。だからヨージンも知らない。生きることと戦うことしか学んでないからだ」

「生きることと戦うこと…?」

エリアスが小さな声で言ったその時、セイレーンが何かを感じ取ったのか空を見上げた。

ナッツも気づいたようで、急に辺りを見回し始める。

すると、遥か天空にいた鳥の大群が、こちらに向かって一斉に飛来して来ることに気づいた。

ブランティスのセンサーが反応する。


「カラスか」

「魔物のな」

セイレーンがその後を補完した。

確かに、カラスにしては体格が大きすぎる。

全体的に真っ黒な体は間違いなくカラスだとわかるのだが、体長はゆうに2m以上ある。

普通のカラスなら、最大種のワタリガラスでも全長は65p、翼開張の状態で約1m前後。

翼を広げた時、200p以上もあるカラスなど、普通は存在しない。

…魔物、と称されるものを除いては。


そんな鳥の大群が、ギャアギャアと鳴きながらこちらにやってきていた。

マリアンナがげっそりする一方で、セイレーンは嬉々として頭の刃を広げる。

カインも拳を締め直した。

魔物カラスの群れとの戦いが、始まろうとしていた。
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