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□白夜伝説 承1
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あれから一夜明けて、再び朝が訪れた。
カインの考えは、未だに纏まらないままだった。
法律を変えたい思いは変わらないのだが、昨日、レオスが放った言葉のひとつひとつが、胸に刺さり、その思いを鈍らせてしまう。
『僕は、人間が大っ嫌いだ』
『法律改正ね…馬鹿馬鹿しい』
あんなに人間を嫌う妖人を、初めて見た。
今まで見てきていた彼は全て偽りで、本性は、人間不信な人殺しの少年だったのだ。
自分たちの旅に同行してるのも、『口封じ』が目的である。
自分たちが、レオスは妖人であると暴露してしまわないよう、監視しているのだ。
そう思い出しただけで、落ち着かない気分にさせられる。
寝不足で欠伸が出る。
結局、夕べは殆ど寝られなかった。
布団を被って現実逃避してみようと試みるも、レオスとブランティス、2人の言葉が頭に浮かんでどうにもこうにも寝付けなかった。
ふー、と息をついてベッドから起き上がり、腕を伸ばして体を冴えさせる。
「やあ、カイン」
脳内に響いていた声と全く同じ音にびくっと反応して振り返ると、耳を剥き出しにした、タイツ一枚のレオスがそこにいた。
耳はエリアスやナッツ同様、空気を感じ取るたびにぴくぴくと動く。
妖人とわかるだけで、随分と印象が変わるものだ、とカインは思った。
「…正体バレた相手には、耳出しっぱなしにしてんのな」
「ああ、後々殺す相手に遠慮する必要なんてないからね」
呆けた顔で言ったら、嫌みで返された。
そのまま彼は、胸当てをつける。
「そういやお前、風呂入った?」
思い出したようにカインが訊ねる。
「うん。人間の仲間…マリアンナだっけ?に、しつこく言われてさ」
レオスは、肩当てを身につけながら答えた。
さすが、筋金入りの潔癖症である。
それとついでに、彼女は、誰を相手にしても一切遠慮なしに接する。
昨日、敵意を出した人間にいきなりこんな態度は取れないだろう。
カインですら、レオスに対してあまり心を開けずにいた。
彼女の懐の広さは、カインも脱帽するばかりだった。
最後にレオスは、兜を目深にかぶって耳をすっぽりと覆った。
6人は宿屋を出て、レンディアをぶらぶらと歩く。
人間でないエリアス、ナッツ、ブランティスの3人は、昨日、マリアンナが買ったバンダナと帽子とマントで耳や体を隠していた。
「…これから、どこへ行くんだ?」
マントで全身を包んだブランティスが訊ねる。
カインは上を向いて眉を潜めると、ブランティスと向き合った。
「特に決まってない。だから、歩きながら考える」
「なるほど」
ブランティスが首を縦に振る。
すると、辺りをきょろきょろと見回していたマリアンナが、カインに話しかけた。
「ねえ、カイン。ちょっと、買い物してきていい?」
「何買ってくるんだ?」
「キャンプセットに決まってるじゃない。あと、食料とあたしが使ってるナイフ」
カインが、街の中央にあった噴水広場に目をやる。
広場にあった時計を見ると、ちょうど11時になった所だった。
「わかった。オレたち、ここで待ってるから」
「ありがとう。じゃ、すぐ戻って来るから!」
そのまま彼女は、小走りで人混みの中へ消えていった。
噴水広場にある木製のベンチに腰掛けて息を抜く。
同時に、疲労がどっと押し寄せてきた。
今朝のやり取りで少しストレスが溜まったらしい。
それを、ため息にして吐き出す。
それだけで心が軽くなる。
「…ん?」
スポーツキャップを被ったナッツが、ベンチを降り、ちょうど真ん前にいた子供たちのところへ行く。
すると、その集まりから、男子たちの声がカインの耳に飛び込んできた。
「お前、なんでこんなところいるんだよ?」
「異端者は出てけ!!」
「お前なんか誰も必要としちゃいねえんだよ!!」
「そうだ。帰れ帰れ!」
集団で誰かを言葉責めにしてるらしい。
聞いてるだけで、苛立ちが募ってきた。
ナッツは彼らに近寄ると、その中にいた者を見てはっと息を飲み、戻ってきた。
入れ替わるように、頭にバンダナを巻いたエリアスが立ち上がる。
「ねえ、ちょっと止めなよ!!可哀想じゃない!!」
マリアンナだけでなく、ここにも、図々しい人間がいた。
エリアスはずけずけと少年たちに詰め寄り、彼らに向かい怒鳴っていた。
止めようとカインも腰を上げる。
そして、輪の中心にいた少年を見て、大きく目を見開いた。
緑の服に身を包んだ金髪の妖人が、そこにいた。