Extra

□オオカミとウサギと昼下がり
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「ふわぁぁ…」



隠すことなく大口を開けて欠伸を漏らす颯は気だるげに耳や尻尾を揺らす。


「♪」


傍らでは床に伏せ、白紙の紙に落書きをして楽しむ黒の姿。その側には常にある筈の白色はなく。




──現在、この広々とした屋敷には颯と黒の二人しかいない。


屋敷の持ち主であるマリアは用事があると夜を連れて颯に留守番を押し付け、同時に常日頃から黒と共に行動する白も用があると、すんなり黒から離れて屋敷を出た。




そんなつい数刻前の事を脳裏に、暇をもて余した颯は椅子の背凭れを正面に項垂れて、また欠伸を零す。



「…?(ふわふわ…)」



そんな欠伸ばかりな颯の尻尾が度々揺れるのをじっと見つめていた黒は、そう…と好奇心旺盛にもその茜色の瞳を爛々とさせながら手を伸ばした。


ぎゅっ

「ぃぎッ!?──ちょ、なに!?」

「っ、ごめんなさい…っ」


思わず強く掴んでしまうと、途端に颯は飛び上がり、痛みを訴えるかの様に涙目を浮かべて黒へ振り返る。

驚き青ざめた顔で尻尾を痛みを和らげるよう擦る颯を見て、対する黒も慌てて涙目のまま謝罪した。



「、驚いただけだから!だから泣くなっ?(じゃなきゃ殺される…っ)」



しまった、と思った矢先に我慢できず溢れ出すそれに慌てて颯は誤魔化すように冷や汗だらだらに宥め続けた。その脳内には笑顔なまま自分を責め立てるマリアや白の形相が過る。

颯の決死な行動の結果、黒は泣き止み今は颯の似顔絵などを描いており、その表情は笑顔だ。



その様子に安堵の息を吐くとおもむろに席を立ち、頭を掻きながら扉へ歩き出す颯を目にした黒。



「どこ行くの…?」


「そ〜と。こんな日に家で寝るとか勿体ねぇだろ?」



途端に寂しそうな表情の黒へ窓の外を指せば、そこは綺麗な満月が浮かぶ涼しげな空気が漂う。


「ほら、黒も行くぞ〜」


再び歩き始めた颯を目で追っていた黒だが、当たり前と何気なしに呼ばれた自分の名に嬉しくなり、


「! うんっ」


急いで颯の後を追った。
















庭に出ると颯は芝生が茂る場へ倒れ込むと大きく息を吐いた。その隣では手に持った絵本を見て微笑む黒。



「はやて」



早くも微睡んでいた颯を呼び起こしたのは遠慮がちに自分をつつく黒の透き通る声。


「んぁ?」


寝惚け目で見れば、目前に迫る絵本らしき物。その絵本から顔を出す黒は僅かに恥ずかしそうに颯へ手渡す。



「ん゙〜〜、…読んでって?」

「字、読めないから…」

「ふぅん?にしても絵本って。まだまだガキだな〜」



だるそうに起き上がり絵本をまじまじと見て笑う颯を、黒は頬を膨らませ拗ねると、すかさず視界の端で揺れる尻尾を思いっきり握った。


「いだだだだ!ごめんなさい、読むから、読みますから!!」






* * * * *






「ええーっと何々〜?

──ある日、森の奥に住むウサギの親子は仲よくピクニックへ出掛けました…」



颯は渡された絵本を手に、ごろんと芝生の上にうつ伏せ読み始める。それに従い、黒も嬉しそうに表情を輝かせ颯の真横へ寝そべった。






颯が黒へ読み聞かせる絵本の内容を簡潔にまとめるとこうだった。


ウサギの親子がピクニックをしていると、オオカミが現れ、ウサギの子供を食べようとするがウサギの母親に懲らしめられる。






「──だとさ。」

「……」



読み終えた颯は頬杖をつくと、絵本をパタリと閉じた。途中までは楽し気に聞いていた黒だったが、読み終えた今は随分と大人しい。



「…はやて、」

「ん〜?」



「オオカミはウサギを食べるの?」



不意の問いに颯が瞠目したのは同時に窺うような、しかし純粋な眼差しをした黒の姿でもあった。


しばらく黒の瞳を見つめた後、悪戯半分に颯の口元がつり上がる。



「食っちまおーか?」



丁度よく、自分は狼の種族で黒は月兎。そんな当てはまりにわざとらしく牙を見せて笑えば、予想外な反応が返ってきてしまう。


「…」

「待った!何やってんだ…!」


黒は怯えもせず、むしろ颯の覗く牙に先程の尻尾と同様、好奇心旺盛に触れようとしたのだ。それには驚いた颯は起き上がって静止を促す。



「無邪気って恐ぇ〜」



何だか残念がる黒を呆れ半分に再び寝転ぶと、みるみる眠気に襲われる。隣の黒を見遣れば、同じく黒もうつらうつらと微睡んでいた頃だった。


その姿に思わず笑みが零れ、二人は静かな夜空の下 眠りにつく。










「───…颯。」


「んん゙〜?」




暫くすると低い声が颯の名を呼び、気持ちよく眠っていた颯だったがその声に寝惚けたまま目を開く。


開いた視界を占拠していたのは、仁王立ちに自分を見下ろし恐いくらいの笑顔を浮かべるマリアの姿で。



「貴方はどこまで面倒を掛けるのかしら?」



にこやかに微笑むマリアの頬に心なしか青筋がたっているように見える。既に危機を本能で察知した颯は尋常ではないほど震えていた。






「こんな所で寝たら風邪を引くでしょう!」



その日颯は肌寒い中正座をし、マリアに説教されたという。余談だが黒は颯が目覚める前、夜に連れられ暖かい屋敷の中へ戻っていた。








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窓から光差し込む昼下がり。


少し古びたその廊下を進む度、ぎしりと鈍く音を立てる。



「ふぁ〜…、眠ぃ…」



がしがしと頭を掻いて廊下を進む颯は、度々目を差す光に鬱陶しそうに目を細めた。




ガチャッ━━━


食べ物を求めて普段から皆が集まる場所を開くが、珍しく誰一人として其処には居ない。


「?、あれ…黒じゃん」


奥へ行くと居たのは昼寝真っ最中な黒の姿だった。

窓から差し込む日光を全身に浴びて気持ち良さそうに眠る黒だが、珍しいことに傍らには白が居ない。


不思議に思うも束の間。白の代わりに在ったそれが目に入り、ふと手に取ってみた。僅かに汚れて、色の落ちたそれは──絵本。


裏返しに見てみたが、やはり表紙同様薄れている。何気なくページを捲れば、どこか見覚えのある絵と話。


「──あ、コレって…」


記憶と一致したその絵本は、いつか黒に読み聞かせたウサギの親子とオオカミの話だった。

それと同時に黒を見て、苦笑いを零す。






絵本を元の位置へ戻し、黒へブランケットを掛けた颯がこの場を出ようと歩き出すと、



「…はやて…?」



ふと自分を呼ぶ拙い口調。いつかのそれと重なって振り返ると、変わらぬ感情の見えない黒の紫色の瞳を見て、強張った肩の力が抜けていく。






「──オオカミはウサギを食べちゃうの?」






寝起きにも関わらず、今度はハッキリとした口調で訊ねた黒の感情は、やはり見えない。


颯は薄く開いた口元を結び、微かに上げる。




「食わねぇよ」




じっと自身を見つめる黒へ、そう穏やかに笑って答えた。










オオカミウサギ昼下がり






2013.02.10

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