dream story

□真冬空
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ざわざわ、そんな朝の駅前通り。








スーツを着た人、学生服を着た人、
駅には用はなく 通り抜けていく主婦。
駅の地下にある店へ寄る老人。


様々な人の数ほどの足音が其処にある。

朝の駅は大抵、そんなもの。都会だったら
どれ程の人が溢れ返っているんだろう。

頭の片隅でそんな事を思うけど
実際には、他の事を考える暇はなくて。



信号が青に変われば、無機質な音と一緒に
また足音も増えるのは道理。








改札へ続く階段を上っていく。

エスカレーターも勿論在るのだけど
階段の方が手前で近かったから。
ただ、それだけ。少しの距離でも面倒。



ああ、そう言えば、前に急いでいた時
階段で躓いて倒れたな。

あの時は必死だったから、気にせず
走って改札を抜けたけど。

確か視界の端で、若い男の人が
転けた私の姿に驚いていた。
後に思えば、少し恥ずかしい。


結局 走ったお陰が、電車が来る二分前に
乗車口へ着いたから良かった。
階段を駆け上がらなくても間に合ったんだ。
羞恥を思えば、少し後悔。




そんな事を考えている内に改札口。


いつもの通学用定期を使い、通過っと。




少し進めば、エスカレーターが右端と
左端に一つずつ。上り専用の。

左端のエスカレーターの前で
ちらりと斜め上を見上げるのは意図的。


其々に違う方面へ向かう電車が来る音は
間近なため、どちらが来たのかなんて
私には判別不能。

だから、電車の姿が見えている一番上まで
上がった人の様子を見定めるのだ。



慌てて駆け足だったら着た証拠。

平然で歩いて行ったらまだという合図。



時刻表を見て時間を確かめれば
済む話だけど、正直面倒。
携帯は鞄の中だし、腕時計なんて
常に着けている訳じゃないから。






…さて、今日はどっちだろう。






そう思った矢先、後ろからバタバタと
成人男性のスーツ姿が走り抜けていく。

それに気を取られて、視線で追えば
真上の人も走っていた。






フオーーー…─────






多量の空気が抜けたような特有の音。





ああ、成程。案外早かったか。
……ヤバイ、かも。



私も咄嗟に駆け上がっていく。
長く感じるエスカレーター。
すごく、面倒。





っ、前髪が目に掛かる。地味に痛い。
バッと掻き分けて 右を見れば、





プシューーー、気の抜ける軽快な音。



あ、閉まる。
そう遠目に立ち尽くしている間に
数人が駆け込むのが見えた。


駆け込み乗車はお止めください、なんて
お決まりの台詞が響きながら
扉はゆっくりと閉まっていく。



しまった、私も後に続けば
間に合ったかもしれないのに。

そんな悪態が頭を過って。
思わず、舌打ちを漏らす。






速足で改札を抜けて、乗車口まで
急いでいたら余裕で間に合っていた筈。
何を私は呑気に歩いていたんだ。


自嘲気味に溜め息を零して辺りを見遣う。
もし、舌打ちをした時に人が近くにいたら
変に引いた眼差しで見られるだろう。
そう思っての、無意識な行動。








特に急いでいた訳じゃない。
今の電車の次に乗るつもりだったから。
だから、乗れなくたって。

だけど、目前に来ていたなら
乗るべきだった。
早く学校に着いて損はない。

そもそも、家を出るのが早すぎたんだ。
だって次の電車は10分後。

早いに越したことはないとはいえ
真冬の朝には堪える。



ああ、悔しい。
正直に言って、すごく損した気分。




次々に出てくる感情とは裏腹に
表情は平然としているのは
そう仕向けているから。

面に出していたら、凄い顔だと思う。
うん、すごく変な人だ、絶対。



…なんて一人自問自答に近いものを
繰り広げている間も、平静を装い
最奥へと進む。




大体、考えるのも愚痴を漏らすにも
精神力と言う名の体力を消耗するから面倒。


兎に角、面倒は面倒。もう何も考えない。

ああ、そう胸中で零している言葉こそ
考える℃魔ノ入るのだから面倒くさい。
誰だ、無心なんて言った人。

そんな高度な技、誰も出来ないよ。
人は常に何かを考えているんだから。
修得不可能、絶対不可能。








「(……馬鹿か、私は。)」








自分の思考回路に心底呆れてしまう。
もう少しないのか。考えることは。






最前車両が止まる場所で私は天井から
下がる時計を見た。



まだ8分もある。凍え死なす気か。
手袋も着けてくるべきだったと
赤くなって感覚など既に消え失せた
手をコートのポケットに突っ込んだ。






振り返り真後ろの壁に取り付けられた
特等席といっても過言ではない
古びた木の長椅子に腰を下ろす。
うわ、冷た。





電車を待つ度、この場所まで歩くのは
下車階段に近いため。
勿論、目的地の駅の、だ。




一番前ではなく、乗車口の端から四番目。


時間によって二番目車両にもなる此処は
必ずと言って、ピンポイントに
改札口へ続く階段の前に止まるのだ。



それは乗り換えでも同じこと。
各駅電車だと目的地まで二回程
乗り換えをしなくてはならない。

それが面倒。だけど、此処で乗車して
下車時に真っ直ぐ向かいの電車に乗り
目的地に着いたら、あら不思議。
どうなろうが、階段の目の前。



これは何度も乗っての要らぬ知識。
でも遅刻寸前には役立つ筈。



よく知らず、一番前の乗車口で待つ人は
時々 気の毒だ。


何故なら、最前車両が私の目前に
停まってしまうから。



だから何があろうと、私の居る此処は
私にとって 面倒を省くお得な場所。






「(……くだらない。)」






電車が来るまで、後5分。まだかな。

まあ、残り5分なら並んでおこう。



早く並んで、一番前だったら特なんだ。
誰より早く 座席につけるからね。


たまに然り気無くも無理矢理に
横入りして前へ立つ人が居たら、腹が立つ。


それがオジサンや若い人なら尚更。
地味にイラッと来るよね、本当。







《電車が通過します。ご注意ください》









アナウンスが流れ、私の目的地方面へ
走っていく電車に「私も乗せてってくれ」
なんて事を密かに思いながら
何気なく視線を外し、目を伏せた。




ガタンゴトン ガタンゴトン




微かに吹いてくる冷風を遮る様に
首に巻いたマフラーを鼻先まで覆う。




ガタンゴトン ガタンゴトン




電車が早々と通過していくのを前に
私は、マフラーの中で息を吐く。
生暖かい息が、口元に触れる。






次第に遠ざかる音を赤くなった
耳に入れながら、

寒々とした曇天を仰いだ。


















      「( 寒い な…… )」

































  真 冬 空





























 それは至って平凡な言葉



2012 * 06 * 02



2012.06.02 〜 2012.10.12 CLAP Novel


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