※デッド・ワールド 番外編
陽光降り注ぐ晴天の青空を隠すように、とある一室はカーテンを閉め切っていた。
その一室は灯りこそ淡くあるが、それこそ薄暗い部屋の不気味さを一層際どくさせている。
「ふふ、これで…────」
そんな空間で、ひとり在るのは優美な女の声。
「────完成…と。」
同時にポチャン、と液体が沈む音と、灯りに浮かぶ薄く笑む口元。
「ん〜。何だか香りが濃いわね…。──そうだわ!」
思い至ると手を打ち鳴らして、女は妖しげに揺れる液体の入った小瓶をそのままに、その場を後にした。
カツ カツ カツ カツ
「、やけに静かだな……」
目的地へ歩を進める夜は、目前に佇む扉の奥から、普段ならば届くはずの元気な話し声が聞こえないことに、訝しげな声を零す。
「 ? (誰も居ないのか…?)」
扉を開けて中を覗くが、誰の姿も見えない。
ふと香った甘い匂いに顔をしかめ、鼻を覆う。
不思議に思いながらも足を踏み入れた夜は、不意に足元で転がる二色を視界の端に映す。
「、なんだ…白と黒か。」
突如に映ったその幼い寝顔に驚いた夜だが、正体さえ分かってしまえば二人を見下ろし、首を傾げた。
「こんな所で寝るなんて…」
白と黒が眠る場は、絨毯こそ敷いているものの、床であるから冷たい。
遊び道具を散らばせて眠る姿から察するに、遊んでいた最中、眠気が襲ってきたのだろう。
「…にしても、よく寝ている」
こんなに近くにいて、黒は兎も角、気配に敏感な白ですら起きないとは珍しいこともあるものだ。そう夜は、二人仲良く引っ付いて眠る姿を呆れ半分な眼で眺める。
「クロは体温が高くて、僕は低温だから、二人で引っ付いてれば常温なんだよねー」
いつか颯が尋ねた際に言っていた白の言葉を思い出しながら、二人にそっと毛布を掛けた。
「んん゙〜〜、鼻があああ…っ」
唐突に届いた低い唸り声。
眉間に皺を寄せながら振り返れば、案の定。
衣服から捲り出た腹を掻いて、寝言を溢す颯の姿が。
「…………」
間抜けな顔で、寝言を口ごもる颯を究極に冷やかな眼で見た後、夜は手元に冷気を纏わせた。
「───くしゅんっ」
不意の中のそれに、ハッとして振り返れば、先の三人のように床上で身震いして眠る亜璃朱が居た。
「……はー…」
腰に手を添えて、思わず溜め息を漏らす。
気を取り直して、眠る亜璃朱を抱えた夜は、起きないようにそっと彼女をソファに横たえた。
「皆して珍しいな、今日は…」
白と黒同様に、背凭れに立て掛けてあった毛布を亜璃朱へ掛けてやると皆を一瞥し、踵を返す。が、
「……亜璃朱?」
夜の衣服の裾を掴んで、引き止めたのは、寝ていたと思われる亜璃朱で。
突拍子ない行動に、怪訝に亜璃朱を覗き込む夜は、その顔を目の当たりにすると、再度溜め息を吐く。
亜璃朱は変わりなく、穏やかな表情のまま寝息を立てていたからだ。
「…手、離すぞ」
申し訳なさそうに断りをいれて、掴まれた手を解こうとするが、この細腕の何処にこんな力があったのだと疑いたくなるほど、ぎゅっとそれは掴んだまま離さない。
「嘘だろ……」
苦笑に入り雑じった驚きは、直ぐにいつも通りの冷静なそれに戻る。
「(そうだ、脱げば良いのか)」
あまりの予想だにしなかったそれに判断が遅れたが、幸い掴まれたのは上着。
直ぐ様 通していた腕を抜こうとした突如。
「っ……」
ふらりと力なく倒れる自身。襲う不自然な眠気。
夜は薄まる意識の中、視界の端で、倒れた小瓶から滴り落ちる怪しげな液体を見ると同時に、意識を手放した。
「探すのに手間掛かっちゃったわ…」
急ぎ足で廊下を進むマリアは、手元に握る草を見据える。
「この薬草で、香りも効果も最小限に抑えられる筈」
楽し気に微笑むマリアは、興奮が表に出てしまったのか、目前の扉を勢いよく開けた。
「…って、あら?」
視界に入り込んだ皆の寝顔に、思わず口を覆う。
「(この香りは…あらあら、蓋を開けっ放しで出てきちゃったのね私…)」
部屋中に充満した甘い匂いを、平然と解析したマリアは、歩を小瓶の倒れた机へと向ける。
「大半が溢れちゃってるわ…」
声を抑えたマリアは、床に転がった蓋を拾い上げ、小瓶の口へ。
「ふふ、作った甲斐が少しはあったかしら…この睡眠薬も。」
蓋をした小瓶を眺めて、眠る彼等に微笑むマリアは、亜璃朱の居るソファへ歩み寄っていく。
そこで凭れて眠る夜へ、自身の肩掛けを優しく掛けると踵を返し、扉へ触れる。
「────いい夢を。」
キィィ …パタン
う た た ね
(すやすや…微睡む彼等は夢の中)
* お ま け *
ぶるっ
「ゔぅ…さみ゙ぃ……」
夜の能によって、暖かな毛布ではなく、氷枕と氷布団で知らず眠る颯であった。
作られた際、その氷の冷気によって亜璃朱がくしゃみを漏らすのは、後3秒後…───。
「───くしゅんっ」
E N D...