□花冠
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白詰草が咲いた。
妹が、薫子が大好きだった花だ。
昔は、そういえば、よく薫子と一緒に白詰草を摘んだものだ。
それをあの子が編んで。
花冠にして。
よく、僕にくれた。
僕はやり方を教えてもらったけれど、どうしても冠を作れなかった。
だって、白詰草の茎はとても折れやすくて、編むのはとても難しかったから。

薫子が花冠を編むところを見るのは、好きだった。
今にも折れそうなのに折れない茎が、とても儚く、綺麗に見えたから。

白詰草を見ていたら、ふっと君のことを思い出した。
そういえば、最近会っていなかったね。
元気にしているかな。
君に会ったら、伝えたいことがたくさんあるんだ。


『花冠』


晴れ渡った4月の空。
葉桜と白い雲。
日差しはすっかり春の色だ。
その中を、文彦は、下駄を鳴らして歩いていた。
飛行機雲が白く反射して、目を射抜く。
帽子を被っていなかったら、今頃は目眩を起こしていたかもしれない。
それほどまでに、今日の日差しは眩しかった。
ゆっくりと歩くその足取りは、躍動感に溢れていて、彼の機嫌を如実に物語っている。
やがて、ふと彼は足を止める。河原に探していた人物を発見したのだ。
「拓露君、こんなところで日光浴ですか?」
声をかけると、拓露と呼ばれた青年は、面倒臭そうに振り向いた。
「ああ、文さんか。俺に何か用?」
柔らかなテノール。
今日は機嫌が良くないのか、いつもより少しだけ声が低い。
「用と言うほどの用事はないのだけれどね。まさか、こんな所で出会うとは思わなかったけど…」
文彦は、河原へと降り、拓露の隣に腰を下ろした。
拓露は黙ってその様子を見ていたが、やがて興味を失ったのか、また川の方を向く。
文彦も、川の方を見た。
石に遮られた流れが、硝子細工のような繊細さで波立っていた。
「白詰草を見ていたら、君に会いたくなったんですよ」
言い訳のように口にすると、拓露は不思議そうに首を傾げる。
「なんで白詰草で俺?」
言われてみれば、その通りかもしれない。
文彦にもよく分からなかった。
「雰囲気?なんかこう、すぐポキッと行く所とか」
思ったままを言ってみると、拓露は吹き出した。
「ぶつかったくらいで俺の首がポキッといったらどーするよ。あ、取れちゃったやーとか言ってさ」
何故か妙にリアルに想像出来た。
空寒い想像だった。
「ホラーだよ、そんなの…」
すると、拓露は楽しそうに笑う。
帽子の影になっているその青白い顔には、血の気がなかった。
「白詰草っぽい、か…。まさか見抜かれるとは思わなかったな」
拓露は少しだけ淋しそうに自分の手を見つめる。
文彦もそれにつられて、彼の手を見つめる。
細い指。
面積の狭い掌。
「見抜かれる…って…」
どういう意味か尋ねようと思ったけれど。
前髪の陰になっている拓露の顔が、あまりにも淋しそうだったものだから。
皆まで言えず、文彦は黙り込む。
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