■ Books Maison ■

□■チャンソン妄想■ 「襖」
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室内のレトロな調度品に見とれていると、夫が自分でお茶を入れながら話しかけてきた。

「秋生、マッサージの予約は六時からなんだ。
夕飯前だからひとっ風呂浴びてきたら?」

自分でお茶なんか入れたこともない人なのに。
彼なりに努力をしているのは認めている。
でも夫は私には触れてさえこないのだ。
私はそんな夫に半ば失望していた・・・なのに・・・。

「そうだね、そうしようかな。混む前に大浴場に行ってくる。」

夕飯前の時間帯は混む。
だからいつもチェックインの後すぐにお風呂に入るのだ。
しかしフロントで教えてもらった通りの道順で浴場まで歩いたつもりだったのに、なぜか途中で迷ってしまった。
どの扉も同じ風に見えてしまうのだ。

(ぼーっと歩いているからだわ)

立ち止まって辺りを見渡してみた。
どこかで引き返さなければと思っていると、「従業員専用」とある扉から、弱々しい声が聞こえてきた。
少し奥にあり、最初はお手洗いかと思ったのだが、扉が少し開いていたので近寄ってしまったのだ。

「ハァ・・・ハァ・・・」

ガサガサという音と女の人の息遣いが聞こえる。
私は即座に扉から離れ、くるりと向きを変えて立ち去ろうとした。

(これは聞いてはいけない音だ。)

急いで立ち去らねば・・・そう思えば思うほど、女の喘ぎ声が耳の中で響く。
体の中が急に熱くなり胸が苦しくなった。

するとそこへいきなり部屋の扉が開く音がした。
扉の隙間から、背の高い若い男が身体を横にしてゆっくりと出てくる。
私は背中で気まずい思いをした。
私があの声を聞いてしまったことは知られてしまっただろう。

「どちらへ・・・?」

少し籠った低い声だった。
私に話しかけているのは明らかだ。

「あ、あの・・・大浴場に行きたくてどうやら迷ってしまったみたいで・・・。」

私は振り向きながら男の顔を見た。
ぬらぬらと濡れている赤い唇をより一層強調しているのは、どこかもの悲しげな二つの大きな瞳だった。

「ここは従業員専用のお部屋なんです。」

少し訛りのあるとつとつとした話し方だった。

「ごめんなさい・・・。」

私はなぜか謝ることしかできなかった。
聞いてはいけないものを聞いてしまった罪悪感と、そう言ってその場を取り繕いたいという浅はかな気持ちが交差したのだ。

「大浴場は、あちらです。ご案内します。」

先になって歩くその姿はかなり逞しく、作務衣の背中にうっとりとしてしまう。
身長は百八十センチを超えるだろうか。
大柄な身体に繊細な表情をしたその若い男は、一体どこから来たのだろうか?
異国の香りさえ漂わせている。
ぼぅっと考えていた私の顔に、いきなり彼の背中がぶつかった。突然歩みを止めたのだ。

「あの・・・?」

私は少し当惑した。

「・・・聞いていましたね?」

男は私の顔も見ずそう呟いた。

「あの部屋での・・・。」

「あ・・・・・・・・。」

私はどう答えてよいか分からず、沈黙した。

「僕・・・ここで働いているんです。あんなことバレたら・・・だから・・・内緒にしてください。」

「それは・・・私には何の関係もないことだから、誰かに話すこともないし。それに本当に何も・・・知りませんから・・・。」

「じゃあ良かったです。」

私は嘘をついた。

「大浴場はこの先です。」

「ありがとう・・・。」

その男の指先を確認し、大浴場と書いた看板を見つけると、振り向きもせずに彼の背中を通り越してその場を立ち去った。

私の背中は彼の視線を浴びて熱くなっていた。
じっと見つめているに違いなかった。
あの若い男は、私のこの背中を観察していたのだった。
嘘をついた女の背中を。
快楽渦巻く空間から漏れ聞こえる声を聞いてしまった女の背中を。

私は身体の芯が熱く膨らんでいくのを感じた。
そしてそれはその若い男に悟られているに違いなかった。




cr. kyonco
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