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□■ニックンバレンタイン妄想■「Happy Valentine」
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「店長〜!全然足りません!」

「え〜〜〜?もうなんなのこれ〜?」

スタッフが対応に追われ、てんてこ舞いの夕方過ぎ。
今日はバレンタインデー。
その日に合わせて、うちでは珍しいハート型のミニケーキを事前に宣伝したところ、大当り。
初めての試みだったし、うちはカフェだから大した数は見込んでいなかったのにも関わらず、仕事帰りのOLや若い主婦達が家路につく前に立ち寄り買っていく。

思いきって退職して良かったのか悪かったのか。
念願のカフェを出店するも、休みなしデートなしのないない尽くしだ。
隠れ家的デートスポットにはなったが、私自身のプライベートは皆無。
年中働きづくめの身となったのだ。

「店長〜、もう限界です〜。」

「そうね、もうこれで終了。うちにはもうこれ以上出すキャパはないわ。はい、じゃあお客様にお知らせして。」

「は〜い、じゃあ売り切れのサイン出しておきます〜。」

若いスタッフは疲れきった様子で店の表まで回る。
私もずっと立ちっぱなしの脚を擦りながら、近くにあったスツールに腰掛けた。
バレンタイン戦争もこれでおしまい。
パンパンに張ったふくらはぎを見つめているとふとため息が出た。

この店を開けてからずっと働きづくめ。
OL時代はよく褒めらていたこの脚も今ではむくみでこんな状態。
この仕事を始めてから胸がときめいたことなんてあったかしら?
あぁ・・・そう言えばあのお客さん今頃どうしているかな?

ついこの間までしょっちゅう来てくれていたのに急に来なくなってしまって。
背が高くて手足が長くて・・・モデルなのかハーフの顔立ちをしている。
甘いマスク、という分類に入れられてしまうんだろうな、彼は。
でも知っている。
結構鍛えられた体をしていたから。
いかにも休憩時間に来ているという感じで、丁度二十分すると帰っていったんだわ。

粉まみれの手を水道水で洗いながら今までの自分を振り返ってみる。
仕事、仕事、仕事・・・。
気が付けばあと少しで三十才も半ば。
ふと見上げると窓にうっすらと自分の顔が写っている。
無責任に恋を満喫する時代はもう終わったんだわ・・・。
そしてもう一回キッチンを見回す。

小さいながらも自分の城があって、働き者のスタッフもいて。
マニキュアなしでも、休みなしでも、私にはここがあるもの・・・。

誰かのためのバレンタイン。
それでもいい。
誰かの人生の役に立っていれば。

ほんの少し涙が滲んだ時、さっき外の店に出ていったスタッフが返ってきた。

「店長!お客さんですよ、店長はって!!!」

興奮しながら畳み掛ける。

「え?誰かしら・・・もう閉店時間なのに。」

エプロンを外して外まで回ってみると、そこにはさっきまで考えていた例の「推定職業:モデル」の彼が立っていた。
後ろに何かを隠しながら。

「お・・・お久しぶりです。残念ですがもう閉店時間になってしまったのですが、なにかお手伝いできることはありますでしょうか?」

「はい、店長さん。もう閉店時間で良かったです。僕を手伝ってもらえませんか?」

「え・・・はい・・・?」

「こんなロマンティックな日に独りぼっちの僕と、これからデートしてください。」

そう言いながら後ろに隠していたものを私に差し出す。

そしてなんと、それはそれは大きな花束。

「え?」

「あの時はいつもおいしいコーヒーとスイーツをありがとうございました。
実はもうこっちでの仕事は一旦終了してしまって・・・でもあの味が忘れられなくて、来ちゃいました。
慣れない国での仕事は充実していましたが、疲れることも多くて。
でもここが僕を癒してくれました。」

「は、はい・・・」

たぶん私の顔は呆気に取られた間抜けな顔をしていたに違いない。
隣で話を立ち聞きしていたスタッフが、私の脇腹を肘でつんつん付きながら小声で何かを言っている。

(店長!鼻の上に粉付いてますよ、粉!!!)

「あ、え?あああああ!!!!」

慌てて鼻の上を擦ろうとエプロンの端を探そうとするが、そのエプロンはキッチンの中だ。

「この粉が、あなたをより一層素敵にする魔法のお化粧・・・ですね?」

くすり、と微笑みながら私の鼻を長くて綺麗な人差し指で拭う。

「僕の名前はニックンと言います。さぁ、着替えてください。その後でこの花束を受け取ってもらいますよ。店長をお借りします。いいですね?」

彼はそう言うと、キラースマイルでスタッフに微笑んだ。

「は・・・・い・・・・」

「さぁ、行きましょう。僕のブログにこのお店を紹介するのはもう少し後にします。この大切なお店が流行ってしまって、僕が座る席がなくなると困りますからね。」


ずっと誰かの小さな幸せのためにがんばってきた私への贈り物。
それがこんな形でやってくるとは思わなかった。

ハッピーバレンタイン。
今夜だけは小麦粉のことは忘れよう。

だって私の隣には白い王子様がいるんだもの。
真っ白で甘いお菓子の天使のような彼が・・・。




cr. kyonco

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