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□■ニックン妄想■ 「Happy Prince」
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cr. kyonco
その時わたしは、すぐ脇でベッタリと身を寄せている馴染み客の両太腿の隙間に指を侍らせていた。
夜も十一時を回るとクラブも混み出し、踊っている集団の壁側に忍び込めば、多少のオイタは目につきにくいものだ。
エスコートサービスも楽じゃない。
わたしは軽く溜息をつきながら、それとは裏腹に少し欲情している自分を笑った。
「あれぇ?あそこのVIPルームにいるの、Kポップアイドルグループの…えっと…名前忘れたけど、ほら!」
相手の女が甘い息を首に吹きかけながら、わたしに尋ねた。
「そんなの知らないよ。わたし、テレビ見ないもん」
「そうなんだ…レイは男に興味ないもんね」
「そう、それより久しぶりに指名してくれたっていうのに、こんな時に男に心奪われるなんて妬けちゃうなぁ」
「レイの嘘つき…お客さんにはみんなこんなことしてあげてるくせに…」
中指の爪を使って下着の上からゆっくりとその部分を擦り出すと、相手の唇から漏れ聞こえる声が短いピッチに切り替わる。
「そう言うこといわないの…今はあなただけのものでしょう?」
わたしの名前はレイ。実は本名だ。
会員制のエスコートサービスのキャストを始めて半年になる。
長身で細身だが骨格が立派なのは父親譲りで、くっきりと浮き出た鎖骨が売りだった。
伸び切ったように見えるショートヘアは計算済み。
ネイルはしない。
もちろん爪も伸ばさない。
当たり前だ。それはわたしの指が商売道具だから。
レインボーフラッグが店の外で揺れているオープンカフェに寄り、ヴァニラ・カフェ・ラテを飲んでいる時にスカウトされたのだ。
ビアン専門エスコートクラブ「エデン」のオーナーに。
「コーヒーを飲んでいるあなたの指に惚れたのよ」
「わたしの指はコーヒーを飲みませんけどね」
「口の悪さは、その鎖骨で帳消しにしてあげるわ」
オーナーマダムはゲイ専門、ビアン専門のエスコートクラブ、そしてもちろんノンケ用のバーやクラブも何軒か所有していた。
そして今わたしがエスコートの相手と一緒にいるのはその「クラブ」の方で、奧のVIPルームには多くの芸能人が打ち上げで利用するということだった。
しかしわたしにはそんなことは関係なかった。
「気になるなぁ〜名前…あ、ニックン!そうそう、2PMのニックンだ!」
「ねぇ、そんなこというと、今すぐパンツの中まで指挿れちゃうよ?」
「まだそんなのリクエストしてないぃ〜」
常連客のメグとはまだ最後まで至ってはいない。
曰く、そこに至るまでの過程が楽しいらしく、そこを通らずしては恋の醍醐味は半減してしまうのだそうだ。
「恋」といっても「疑似恋愛」ではあるのだが。
メグがさっと身体をかわしてトイレに立つと、奥のVIPルームからなにやら熱い視線を感じた。
振り向くと、その「ニックン」とやらが縦長のガラス窓からこちらを眺めている。
長身で手足が長い。モデル体型で甘いマスク。
あれじゃあ女子に人気があるであろう。
そこへVIPルームから顔見知りの店員が出てきて声をかけてきた。
「レイさん、今日十二時まででしょ?メグさん帰ったらこっちに回ってくれませんか?」
「へ?あのさ、こっちってあっちのVIPのこと?なんで?わたしは「エデン」のキャストだよ?そっちはそっちでやってよ」
「それがさ、マダム命令なの。あっちのゲストからのご指名なんだよ」
「はぁーーーー????あのヤッくんだかモッくんだかってヤツ?」
「ニックンだよ、ニックン!!」
「シブがき隊かよっ!!!」
「レイさん、意外と渋いねぇ…」
マダムはわたしをこき使う。
わたしを口説き落としたくせに、こき使う。
しかし他人にNOとは言わせぬ威厳と狂気をその身体の中に隠し持っていた。
「はいはい、仰せの通りに。でもね、わたしはビアン専門なんだから、男の扱いなんて知らないよ?」
「いいのいいの。とにかく十二時になったらお願いだからね」
VIPルームに向かって戻っていく店員の姿を追うと、またも例のニックンとやらと目が合った。
ソファーにはずらりと美人スタッフが並んでいる。
さすがは芸能人だ。
しかし用意された美人スタッフがよほどお気に召さないと見える。
どれどれわたしがひとつ味見させていただこうかなどと考えていると、メグがトイレから戻ってきた。
「ね、ここのトイレさ、着替え室なんてのがあるのよ。もう今夜あたりでいいっかなー。レイに捧げちゃおうっかなー」
十二時まであと三十五分。
そんなに短い時間でこのメグを満足させてあげられるだろうか?
わたしは熱のこもった瞳でメグを見つめると、強引に腕を掴んで「着替え室」まで足早に歩いた。