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□■ニックン妄想■ 「Happy Prince」
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シンデレラは十二時の鐘が鳴り終わらぬうちに、急いで帰らなければならない。
そしてわたしのシンデレラは鐘が鳴っている最中に激しい高まりに達し、わたしの首に両腕を回してキスの雨を降らせた。
そして最後の鐘が響き終わらぬうちに、器用に服を着て、去っていってしまった。
「あーもう十二時か。さて、あちらに顔を出すとしますかね」
着替え室のドアを開けると、好奇心一杯のキラキラ光る瞳でわたしを見つめる女子二人が立っていたが、わたしの顔を見た途端に目が点になっていたので、軽くウィンクをして立ち去った。
ドアの向うには男でも隠れていると思ったのだろう。
VIPルームは嫌いだ。
まず芸能人が嫌いだ。
たいした芸も持たずにふんぞり返るその品格の低さ。
同じ芸ならゲイの方が好きだ。
とにかくわたしは薄っぺらな芸能人が嫌いだった。
それにもうすぐ三十路にもなるこちらにとっては、アイドルなんてちっとも魅力的には見えないのだ。
「あー来た来たレイさん!もう早く早く、こっちこっち!」
まるで太鼓持ちのように例の店員がわたしに手招きをする。
「こちらが2PMのニックンさん」
近くで見る「ニックンさん」はとても顔が小さく、物腰も優雅で品も良さそうだった。
そして事務所側が侍らせたであろうお姉さんたちにも、王子様の微笑みを絶やすことはなかった。
この感じ、どこかで味わったことがある。
わたしはこのデジャヴュ感をどうしても明らかにしたかった。
「どーもご指名ありがとうございます。レイです」
わたしはやる気のない声で挨拶をしたのだろう。
あちら側のスタッフの男があからさまに不快感を示す顔つきでわたしを見つめてきたが、王子様はそんなことは気も止めずにわたしを隣に座らせた。
美人のスタッフたちの見開いた目が、わたしの頭の先からつま先までを何往復もしたが、どういう答えを出していいかわからないような顔をしていた。
「わざわざすみません。ちょっと僕の話し相手になってもらえませんか?」
「わたしでいいんですかね?わたし、そちらのお姉さん方とはちょっと違うんですよ」
「構いませんよ、むしろ大歓迎です」
どちらかというとわたしはこのアイドルより、美人のお姉さんたちを眺めていたかったが、わたしに睨みを利かせているスタッフに彼がなにか言うと、美人スタッフさんたちは残念そうな顔をしてVIPルームから出ていってしまった。
「あああ〜〜美人さんたちが帰っていくよ〜。ね、いいの?行っちゃうよ?」
わたしのため口が我慢ならないのか、隣で我慢していたスタッフがわたしに難癖を付ける。
「あんたさ、女なんだからもうちょっと口の利き方に気を付けたら?ったくだからレズ女は…」
「へぇ〜じゃああんたはなんなの?わたしのことをあんたと呼ぶあんたはどうなのよ?」
ビアンと呼ばれるのは構わないが、「レズ女」はその言葉に侮蔑の匂いがする。
わたしはここでケンカを売っても良かった。いや、もう殆ど売りかけているのだが。
堪りかねた様子で溜息をつきながら王子様が腕を伸ばしてくる。
"No, no, no, no fighting."
英語か…日本語も上手だし英語も話す。
でもKポップアイドルということは韓国語も話せるはずだ。一体何ヶ国語くらい話せるのだろう?
「伊藤さん、大丈夫です。僕が無理を言って来てもらったんですから。すみません、レイさんですよね?」
こいつ、伊藤っていうのか。
今度から「伊藤園」って呼んでやる。
「あーそうだよ、レイ。一発でよく覚えてくれたね」
「綺麗な女性の名前は、一度聞いたら忘れませんよ」
「そのセリフ、わたしもよく使う」
「で、何を飲みますか?」
「んーじゃあモヒートを」
「僕も好きですよ、モヒート」
女性の扱いに慣れている。
それが彼の第一印象だった。
しかもわたしのように女性を堕とすためのものではない、どこか純粋に女性を大切に思うからこそ、そのような言動や行動が取れるのではないかと分析した。
「僕らは似ているのかもしれませんね」
「いや、わたしはあなたほど残酷じゃない」
「それはどうして?」
「だって、女性は狩られたいがために隙を見せるのに、あなたはその隙を埋めてあげてるもの」
「へぇ…?」
「つまりあなた、完璧過ぎるのよ。そういうこと」
完璧な王子様なんて、残酷過ぎる。
結局女は狼でもある男が好きなのだ。
王子様の皮を被った狼が欲しいのだ。
「レイ、君と君のモヒートに乾杯!」
ビアンのわたしのどこが気に入ったのか、このアイドルは、その後の滞在中の一週間を「友人」としてどこに行くにもわたしを同伴させた。