指先だけで、甘い熱を…

□流れない涙。
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ふとした夜。

私はいつものように狩りに出た。

なんだか喉が渇く。

そう感じたから。


『……卑しいな、私は』


生き物の血を飲まなければ生きていけない自分が、時々酷く卑しく見える。

そこまでして私は生きていたいのかと。

この…酷く腐った廓の中で。

そもそも、私はこの世に未練などない。

親に捨てられた時、ここの楼主に拾われた時から、私の運命は決まっていた。


そう。
決まっていた…、はずだった。


『っ…くそ…』


先日の夜にあの男に抱かれてから、私の頭はそいつの事でいっぱいだ。

何をするにも比べ、気付けば浮かんでいるのがあいつだ。

本当…憎たらしい。


『ちっ。早いとこ獲物を見つけて置屋に戻る……!』


そうして屋根の上から辺りを見渡している時、見慣れた着流しを見付けた。

…あの男だ。


そして、いつもと違う事にも気付いた。


…隣に、女がいる。

それも若くて美しい、物静かそうな女。

いかにもあいつを傍で支え、数歩後ろから付いて行きます。

と言ったような私と正反対の大和撫子そのものを写し出しているような清楚な女だった。


『っ…』


あの男は、親しげにその女に笑い掛け、肩を抱いている。

…そうか、外に女がいたのか。

どうりで一度抱いてから私の元へ来ないはずだ。

私を抱けば、浮気になるから…。


『……』


思ったよりも、私は衝撃を受けていた。

自分が思うよりも酷く。

たかが一度抱かれた男に、他の女がいたくらいで。


『結局は…全てが私から離れていく…』
(あいつも、それだけの男だったという事。いつもと何ら変わらない)


見つめる瞳は、熱くはならなかった。

ただ…冷たいままで、その2人を見つめていた。




流れない涙。


(心に降るのはいつも土砂降りの雨)





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