指先だけで、甘い熱を…

□凍えた心が悲鳴を上げる。
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この前の事があって、私は少し荒れていた。

今まで取ろうとしていなかった客を取ってみたり、毎夜のように狩りに出たり。


(…何してるんだ、私は……)


こんな事、繰り返しても仕方ないのは分かってる。

けど、気持ちの整理がつかないまま、もやもやとした気持ちだけが残って、うまく手に付かない。

あの日の夜の出来事が衝撃過ぎて。


『はぁ〜…』


私の周りの者が心配する。

だが、私はここで信用している者はいない。

…人間なんてすぐに裏切るからだ。

腐るほどいるし、何かといちゃもんをつける。


私は何もしていないのに、暴言を浴びせられる。

もう…、たくさんだった。


本当はここにいる者たちも私が怖いだけ。

半妖と知って、私に強くものを言えないから従ってるだけ。

心配しているふりをしているだけ。

…本当の気持ちなんてわかりゃしない。


『チッ。狩りに行くか…』


ザッと、変化して私は外へ飛び出す。

すると、見つけた。


…この前の女。

見たところ、妖怪に襲われているようだ。

恐ろしいものを見たような顔をして、自分を襲いにかかる妖怪を見ている。


『……』


ざまあない。

私はいい気味だと思いながら、それを屋根の上で見物していた。


(人間が…調子に乗るからいけないんだよ…)


半妖の目の付けた獲物に手を出すんだからね…。


クスリと笑って、頬づえをつきながら面白そうに見る。

だが…。


「誰か…!!誰か助けて…!!」


女の叫び声を聞いているうちに、なんだか胸糞悪くなってきた。


(“助けて”…か)


まるで昔の自分を見ているようで、なんとなく哀れになってきた。


(あの頃は…誰も、助けてくれなかった)


楼主に拾われるまでは。


『…チッ。私は妖怪を狩る趣味は持ち合わせていないんだが…』


そう言ってスクッと立ち上がると、手を空中にかざした。


『我が声、血に応え、緋色の水を流せ“緋水刀”』


しゅる…と空中にある水分が手に集まり、緋色に色づく。

そして、それは細身の刀の姿を取って、私の手の中にあった。


「きゃああああああああ!!!!」

『煩いから口ふさげ、女。あと…、お前は邪魔だよ、妖怪!(ニヤッ)』


トンッと、屋根から女のいる場所まで飛び降りて、刀を構える。


「っ…!!??」


女はそれに目を丸くし、声も出せない状態だったが、私は構わずニヤリと笑ってその妖怪に斬りつけた。


ザンッ!!


「ぐぎゃあ…!?」


ブシャッ…!


妖怪は避ける事も出来ず、そのまま大きく斬りつけられる。

すると、斬りつけた所から血液が噴水のようにあふれ出した。

それは私の着ているドレスをぐっしょり濡らし、銀の髪をも赤く染め上げた。


『は…雑魚が。こんな所で人間なんて襲ってんじゃないよ…』


付着した血はそのままに、私は刀を空中へと戻す。

そして、何事もなかったかのようにそこを去ろうとした。

だが…。


ガシッ。


『!?』


袖を引っ張られる感覚。

振り向くと、そこには先程助けた女がいた。


『…何の用だ。その手を放せ』


あいつに触っていた腕で、私に触れるな。

薄汚い…人間の手で。


女は冷たく言い放つ私に懲りもせず、ふるふると首を振って、ぎゅっとドレスのすそを掴んだままだ。


「…あの…、助けていただいて、ありがとうございました。その…よろしければお礼を…」

『礼は必要ない。っ…いいから、その手を放せっ!!』


バッと、腕を振り払ってきつく睨みつけると、女はビクッと小さく体を震わせた。


「っ…で…では、せめてお名前を…。私は、山吹乙女と申します…」


震える体でそう言った山吹乙女は、きゅっと自分の胸元で手を組みながら懇願した。


『……人間に教える名前はない。だが、皆は私をこう呼ぶ。“吸血鬼”と。お前も呼びたきゃ勝手に呼ぶがいい』

「“吸血鬼”…様」


私の名前を知って、ぼーっとしている女に私はため息をついて踵を返した。


『…もういいだろう?私は行く』

「あ…!待っ…」


闇の中で、女の…か細い声が聞こえる。

私を呼ぶ、綺麗な声が。

吸血鬼様”…と。


(…煩い。子犬に懐かれた気分だ。キャンキャン吠えて、本当に…目障りだ)

『はぁ…。嫌な女に出会ってしまった…』


後悔に苛まれる中、私は自慢の俊足を生かして足早にそこを去った。


(鯉伴は…、ああいう弱そうな女が好みなのか…)


思わず守ってあげたくなるような、可愛らしい女が。


『…私とまるで正反対じゃないか』


声に出して、言わなきゃよかったと思うのはもう遅くて…。

言ってから…私はまた後悔した。


どう考えても、この気持ちを捨てなければならないのだと。

あの温もりを…忘れなければならないのだと。


『っ…鯉…伴…』


私の中で、何かがはじけ飛ぶ。

今まで…表に出る事のなかった、何かが。





凍えた心が悲鳴を上げる。


(私の心に春は来ない)





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