指先だけで、甘い熱を…

□水面(みなも)に移る2人の自分。
1ページ/1ページ

鯉伴との逢瀬から数日後―――――…


私は久々に自分の部屋でゆっくりとしていた。


『……』


先日は勢いだけであんな事を言ってしまったけれど…、私の胸の内は堅い。

鯉伴は…私のこの氷のような心を溶かす事が出来るのか…。


ふわり…


夜風が優しく髪を撫でる。

部屋にいつも飾ってある彼岸花の花弁がゆっくりと畳の上に落ちていく。

私はそれを拾い上げ、じっと見つめた。


(そう言えば…あの山吹乙女とかいう女…。何で1人であんな所にいたんだ…?)


私がいつも狩りに行くのはなるべく人通りがない真っ暗な場所が多い。

その方が人間に見つかりにくいからだ。

…もちろん、妖怪にもなんだが。


『ただの物好き…もしくは、あそこで…。……』


あそこで、鯉伴を待っていたのかもしれない。

勤めに出ている者が遅いからと、大抵の女は心配して出迎える。

あの女もそうなのだろう。


『本当…考えれば考えるほど…私と正反対の女だな…』


鯉伴は私を好きだと言った。

なのにどうしてまだ、あの女を自分の傍に侍らせている?

もしかして…二股…?


あっちが本命で、私は遊び?

遊女だから?

ここから一生出られないから?


体だけの関係は、心までは決して繋がらない。

例え繋がったとしても、ここの楼主が許すはずもない。

それに遊女は体は売るが心は売らないものだ。

最初から、結ばれるだなんて思っていなかった。


(鯉伴はそこまで分かっていながら…あえて私にそういう事を言ったのか?だとしたら…)


許すわけにはいかない。


遊女の心を弄ぶだなんて。


でも…あの男は馬鹿だった。

馬鹿正直で…私を一途に思ってくれて、1人のちゃんとした女として扱ってくれる…。


『…もう、何を信じればいいのか分からない…』


頭の中で山吹乙女と鯉伴の顔が交差する。

2人が目の前をチラチラと横切り、正常な判断が出来ない。


…乙女に嫉妬して、鯉伴を疑って。

でもやっぱり鯉伴を信じたい自分もいて…。


頭の中がぐしゃぐしゃだった。


1人、月の光が当たる部屋で安座する。


両腕で膝を抱えるその様は、誰が見ても悲しくてそれでいて、どこか美しかった。


だが、今ここでそれを見守るのは散ってゆく彼岸花と、大きな月。

今日もまた…深い夜が更けていく。





水面に映る2人の自分


(嫉妬している自分と鯉伴を信じたい自分。…どっちが本当の私?)


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ