指先だけで、甘い熱を…
□初老のからかい。
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『!?』
私は目を疑った。
まさか…いや、まさか。あの男がこの妖怪屋敷にいるはずがないと。
「…?」
とたんに表情を強張らせた私にぬらりひょんが不思議そうな顔をした。
「どうした?吸血鬼」
『っ…い…や。なんでもない、気にするな』
くるりと鯉伴から顔の向きを変えてぬらりひょんの方へと向く。
すると、何を思ったのか、ぬらりひょんは鯉伴を近くに呼んだ。
『っ…』
(余計なことを…!)
軽く苛立ちを覚えながら何事もなかったように盃に入っている酒を飲み干した。
「なんだい、おやじ?」
「この女が乙女を救ったそうだ」
「…へぇ」
『……』
(親子だったのか…)
その事実にも驚いたが何より、鯉伴よ視線が熱く感じる事に、不思議といつも郭の中で感じている視線と重なった。
じっと見つめてくる視線は品定めをされているようで居心地が悪い。
鯉伴がこの場に現れた今、正直言ってここにいたくなかった。
「吸血鬼だったか?よろしくな」
『あ…あぁ』
曖昧にそう答えて乙女によって並々に注がれた酒を再び一気に煽った。
そしてそれっきり言葉を交わさず、何故だか気まずい雰囲気の漂う2人をぬらりひょんと乙女は不思議に思った。
「なんだお前ら…そんなに表情を固くしおって…」
「大丈夫ですか?吸血鬼様…」
心配する半面、ぬらりひょんは面白がっているような気がする。
口許がわずかにニヤついているのが視界に入った。
その様子を見て何も言わずに立ち上がる。
『…別になんでもないさ。ぬらりひょん、私は外の空気が吸いたい。庭を散歩しても構わないか?』
「あぁ、構わんよ。そうだな…鯉伴、お前が連れていけ」
「は…?いや、まぁいいけどよ…」
『!』
(ぬらりひょん〜…!)
してやられたという顔でぬらりひょんを睨み付けると今度は隠さずにニヤニヤと笑っていた。
それを聞いた乙女が「それなら私がお連れします!」と立候補するが、くしくもそれは認められなかった。
「ホレ、行ってこい」
『…チッ』
「?…あぁ、行ってくる」
鯉伴な何がなんだか分からないまま、不機嫌な吸血鬼の後ろを付いていった。
「血の匂いに混じって白粉の香りとは…面白い女だな、吸血鬼とやら… 」
ここから遠ざかっていく2人を見つめ、剥れる乙女を従えてほくそ笑むぬらりひょんの顔は、何やら面白いことが起きそうだと密かに期待していた。
初老のからかい。
(お節介なぬらりひょんの悪戯)
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