指先だけで、甘い熱を…
□彼女の面影。
1ページ/1ページ
俺は親父に言われた通り、乙女を助けた“吸血鬼様”とやらを庭へ連れてきた。
この屋敷にあるのは親父自慢の大きなしだれ桜だ。
なんでも俺の母さんのために植えた大事な桜らしい。
それを見て、息を飲む隣の女。
「すげぇだろ?」
『あぁ』
声をかけるも女のその視線はしだれ桜に向いている。
…正直言って、すげぇ…怪しい奴だ。
見慣れない着物を纏い、銀色の髪を持つ彼女は俺が見た事もない程に異様で、恐ろしい美貌を持っていた。
…まぁ、美貌と言ったら琉威も負けてねぇんだけどな。
(今頃…夜空でも見てるのかねぇ)
そう思いながらボーっとしだれ桜を見ていると、女はいつの間にかしだれ桜の下へ歩いて行って、その幹に触れていた。
「……」
(本当は軽々しく触れてほしくはないんだけどな…)
あいつなら…琉威になら、この大きなしだれ桜を見せて、触らせて、驚かせてやりたい。
あの美しくも儚い女になら、俺はこの自慢のしだれ桜を見せてやりたい。
きっと驚くであろう顔を想像して、「ふ…」と、自嘲気味に笑う。
「…乙女の事、助けてもらって悪いな」
気を紛らわすようにそう言うと、女は呆れた顔をしてこう言った。
『フン。不本意だが…たまたま目に入って見ていられなかったから助けただけだ。…人間だとは思っていたがまさか妖怪だったとはな』
「唯一そこだけには驚いた」と言うと、女は視線を俺から外し、再びしだれ桜に移した。
「……」
(オイオイ、見た目も変わってると思ったら中身も男前か。ふっ…面白いな、この女)
そう思ってクスリと笑みが零れる。
「あいつは俺らの中でも一番人間らしいからな…。俺の可愛い妹分だ」
『妹分…ねぇ?』
そう言うと、何故か睨まれた。
妹分には違わないが、何かおかしなことを言ったのか、それともこの女の気に障ったのかは分からない。
だが、女がはくるりと反転した時…月明かりに照らされて銀の髪が一糸一糸きらきらと輝いているのを見て、不覚にも綺麗だと思ってしまった。
(親父とは違う…澄んだ色の銀髪…)
「あんたのその髪…不思議で綺麗な色をしているな」
気が付くと、俺はそっと…女の髪の一束を持って、近くでじっと見つめていた。
すると、
『触れるな』
パシッと、いい音が乾いた空気に響いた。
要は、女に手を叩かれた(はたかれた)。
驚いて女を見ると、先程よりも鋭い視線でギロリと睨まれた。
「…嫌だったか?」
『私は他人に触れられるのが嫌いなんだ。…特に、気に入らない奴はな』
女は「フン」と言って、そのままひらりと桜の木の上へ飛び乗ってしまった。
(…こりゃ一本取られたな)
自然と口角が上がる。
俺も女に倣って桜の上へ飛び乗り、その隣に腰を下ろした。
女は遠くに見える灯りを見つめ、酷く悲しそうな顔をしている。
その顔が、何故か琉威と重なった。
そして、呟かれた一言。
『……。…この世は、酷く汚れているな』
「っ…」
思わず息を飲んだ。
発せられた時の声と、表情があまりにも彼女と合致していて…。
(まさか…琉威は…人間だよな?)
だが、女の顔を見れば見るほど、緋里と重なる。
琉威の…哀愁漂うあの寂しそうな表情と、重なる。
女が「…どうした?」と、聞いてくるが俺は答えられなかった。
ただ、ごくりと唾を飲み込んで一言、発した。
愛しい女の名前を。
「琉威…?」
彼女の面影
(桜が魅せたのは恐ろしい吸血鬼?それとも思い焦がれる愛しい女?)
.