指先だけで、甘い熱を…

□甘い白粉の香り。
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私の意志とは反対に、ビクリと肩が揺れた。

“琉威”

その名は、鯉伴にしか教えていない私の本当の名前。

遊女の緋里でもなく、妖怪としての吸血鬼でもない、本当の自分。


『…さて、誰の名前だ?』


素知らぬ振りをして町を見つめた。

…振り向けなかった。

鯉伴が一体どんな顔をしているのかだなんて、見たくもなかった。


「…違うのか?」

『私は知らぬな…。その者は一体誰の事だ?』


声が…、震える。

ついにばれた、ばれてしまった。

…鯉伴はもう、私には会いに来ない。

そう思いながら震える手をぎゅっと握って、前を見据える。


「ふっ…アンタ、嘘つくのが下手だろ?」

『何を言っている!私は…っ』


唐突にそう言われて反射的に答えてしまう。

…どうにも私は莫迦だ。

鯉伴はそんな私の言葉を遮って、強く、明確な確信を持って言葉を発した。


「アンタは大見世、美浦屋の呼び出し昼三…花魁、緋里。本名は琉威。…そうだろう?」

『っ…!』


そう言って後ろから抱きしめられる。

久しぶりに感じる、この男の温かい熱。

トクリ…トクリ…と、心音が高鳴る。


「アンタ…妖怪だったんだな…」

『違う…!私は…っ…っ第一、誰だ!その女はっ!!私は妖怪で吸血っ…んんッ!?』


振り向かずにそう叫ぶと、グイッと顔を鯉伴の方へと向けられ、そのまま口づけられた。

甘い痺れが…私を襲う。


『んぅっ…ふっ…』

「はぁっ…俺が惚れている女を間違えるわけねぇよ、琉威」

『っ…止めろ!その名前で…私を呼ぶな…っ!!』


ドンッと突き放そうと抵抗するが、逆にグッと腕を掴まれてしっかりと向き合わされてしまった。


『っ…!!』

「俺の目を見ろ。しっかりと見て、自分が琉威ではないと言え。そうしたらさっきの事は謝ってやるよ」

『っ〜〜…』
(こいつっ…!)


キッと睨み返すもそれはあまり意味を持たず、鯉伴の真剣な表情は変わらなかった。


『わ…私は吸血鬼だ。美浦屋の遊女なぞ知らぬ!』
(知られては駄目だ。知られては…私が私でいられなくなる…)


目を見れずにそう言うと、鯉伴がもう一度優しく抱きしめた。


「…甘い白粉の香りがするんだよ、アンタから」

『!』

「それはアンタが遊女だって言う証じゃねぇのか?」

『っ…』




甘い白粉の香り。


(それは2人を結びつける唯一の香り)



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