指先だけで、甘い熱を…

□異なる手つき。
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「っは…緋里…!」

『あぁっ…だん、な様ぁっ』


意外にも、楼主は私が夜見世に出る事を許した。

“稼げる時は稼いどけ”というのがここの楼主の考えである。


「はぁっ…気持ちいいよ…」

『わっちも…いいでっぁ、ありんす…っ』

「嬉しいよ…緋里っ!」


私の言葉に興奮したのか、客であるこの男は更に腰を振った。

ズクズクと疼く女の体はそれを欲して止まないが、心は違う。


(…気持ち悪い)


この男の声も、吐息も、私に触れる手も…。

全てが気持ち悪い。


(吐き気がする…)


そう思っているといつのまにか行為は終わっていたようだ。

腹の上にドロリとした白濁した精が吐き出されている。


「…緋里…」

『はぁ…』


そのままバタリと床に寝転がった男は、疲れたように息を吐いた。

体を軽く拭いて精を始末した私は、そのまま襦袢を纏い、膳の片付けをする事にした。


「夢みたいだ、君を抱ける日が来るなんて…」


ふふっと笑ってゴロリとこちらに体を向けた男は、嬉しそうな顔でそう言った。


『…そうでありなんしたか』


薄く張り付いた笑みを男へ一度見せて、片付けの作業を続行する。


「……また来てもいいかい、緋里」


男は動く私の背を捕らえ、緩く抱き締める。


(違う…)


温もりが、香りが…違う。

あの男ではない腕が、私の体をまさぐる。

先程と同じように、吐き気がした。


『…わっちの気分が乗れば、またお相手させて頂くでありんす』

「冷たいなぁ。まぁ…そう言うところも好きだけど」


クスクスと笑う男は、ずいぶん機嫌が良さそうだ。


「何回も通った甲斐があった。最高だったよ、緋里。また来るね」

『…お待ちしているでありんす、旦那様』


部屋を出た男を軽く見送ると、早速膳を片しに来たあやめに一言二言告げて下げ、布団へと寝転んだ。


『鯉伴…』


呟いて、ハッとする。

何故、鯉伴の事など考えているのかと。

男に体を開くことくらい、遊女である私にとっては何ともない。

何ともない筈なのに、私は…


『……どうしてこうも、胸が痛くなるでありんしょう…?』


あの男を想うだけで、どうにかなってしまいそうなくらい、私の心は…脆い。


(完全な妖怪であったのなら…人の心を持たなかったのであれば…こんな気持ちにはならなかったのかもしれない…)

『ずいぶんと人間寄りになってしまったでありんすなぁ…』


自嘲気味呟いて、その日は静かに眠りに落ちていた。




異なる手つき。


(いつの間にか彼を想う)





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