ボーカロイド

□ボーカロイド
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ある日突然、マスターが言った。
「カイト。あなた、レンとデュエットしてみる気は…ない?」


 僕は一瞬何を言われたのか理解できなかった。デュエット?僕が、他のボーカロイドと…?
 僕一人じゃだめなのか…?そう、マスターに尋ねてみると、
「いえ、レンをインストロールしたから……。いやならいやって言ってくれればいいのよ?」
 マスターはにっこり笑ってそういった。だけど、その笑顔が少し悲しそうに見えたから、僕はレンとデュエットすることに決めた。


「はじめまして!鏡音レンですっ」
 レンは緊張した面持ちで、だが好意的にはじめましての挨拶をしてきた。
 反して僕は、少々不愛想に、はじめまして、と言った。そんな僕をマスターは心配げに見つめていたが、大丈夫です、と声をかけるとにっこりと笑って「じゃあはじめまししょうか」とパソコンの前に座った。
 だけど今日は少し俺ののどの調子が悪かったので、別の日に延長された。
 数日後。初めて連の歌声を聴いた。
 実際、レンはいい声を持っている。僕がうらやましがるくらいに。
「お粗末さまでした」
「じゃあ次はカイトね。……カイト…?」
 心配そうな視線を送ってくるマスター。その視線でやっと気づく。
「あ……すみません。ボーっとしていました…」
「めずらしいわね…。カイトがボーっとするなんて…。大丈夫?」
「はい……」
 苦笑しながらいう僕をマスターは心配そうに見つめると、ふう、と息を吐き「今日はここまでにしましょうか」と微笑を浮かべていった。
「だ、大丈夫ですか?」
 レンも心配そうに見てくる。そんなに心配する必要なんてないのに…。
「あの、どうかされました…?」
「え、あ……いや?」
 どうやらまた、呆けていたらしい。僕ははあ、とため息をつく。
 と同時に、今まで気づかなかったおかしなことに気付く。
「…レン、リンは今どこにいるんだ…?」
 そうだ。<鏡音レン>はいるのに<鏡音リン>がいないのはおかしい。
 鏡音レンと鏡音リンは一緒にインストロールされているはず――。
 そう思っていると、レンは少々恥ずかしそうに、呆れたように僕を指さす。だがその指の先は僕の背後に言っているようで――。
「――いッ」
「初めましてッ。あたしは鏡音リン!知ってるよね?あたしも知っているよ。カイトお兄ちゃんでしょ?よろしくね。お兄ちゃん」
 僕が後ろを振り向くと、リンはぴょこんとあらわれた。
 …お兄ちゃんか。なんか恥ずかしいな。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや、何でもないよ。こちらこそ、よろしくね」
 にっこりと笑って頭をなでてやると、猫みたいにすり寄ってきた。とても可愛い。
 何か視線を感じ、レンのほうを向くと、なぜかレンがこちらを睨んでいた。僕をにらんでいたのか、リンをにらんでいたのか、よくわからなかったけど…。
 そんな僕の視線に気付いたのか、レンはその身をひるがえして早足に去って行ってしまった。
「どうしたんだ?」
「えー?レンのことぉ?んー………、あたしもわからなーい」
 僕もリンも、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、部屋に戻ることとなった。

「本当、どうしたんだろうな。レン…」
 リンと別れた後、僕はぶらぶらと家の中を歩いていた。
 マスターの家は古い家柄で、旅館みたいに広い。僕もインストロールされてからすぐの時は迷ったものだ。
 リンと一緒に行ってやろうかとも思ったが、「大丈夫だ」と言われたので今、適当に歩いている始末だ。
 さっきまでレン、楽しそうにしていたのにな……。
 うーん、とうなりながら考えていると、ふいに僕の歩いていたところの障子が開いた。
「ん?」
 僕が首をかしげた瞬間、障子の間から白い腕がのばされた。
「……レン……ッ!?」
 部屋に連れ込まれ、押し倒された挙句唇をふさがれた。そう、レンの唇で。
「レンッ」
「カイトお兄ちゃん」
 レンが感情の全く見えない声色でつぶやく。
「カイトお兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……。いいよね、リンは。無邪気な‘少女'でカイトさんに近づけるんだから……」
 ポタリ。雫が僕の頬をつたう。僕の涙ではない。レンの涙だ。
「僕だって、カイトさんに近づきたいのに………。少しあっただけだけど、リンは僕よりもカイトさんと距離が近くて……ッ」
 嗚咽を漏らしながらなくレン。僕はそっとレンの背中に腕を回す。
「大丈夫だよ。ごめん、心配かけさせて。それから………僕はレンが好きだから」
 安心させるように、レンの背中をさすりながら言う。
「……本当ですか?」
「ああ。本当だよ。だから安心して」
 にっこりと笑って言ってあげると、レンも嬉しそうな表情をした。
「そうですか………。じゃあこれで、ずっと一緒ですね」
 腹に違和感。それと同時に激痛。
「う…ぐぅ……」
「ずっと……ずっと一緒ですよ」





「………知っていました。あなたが僕をねたんでいることくらい。好きなんですもん。一目ぼれなんですもん。当たり前でしょう?」
 血の海の中、カイトの亡骸を持ったレンが小さな声を紡いていく。
「でもね。許せなかったんですよ。カイトさんがほかの女に笑いかけていることが。ほかの人間に笑いかけていることが」
 完全に亡骸と化した、血まみれのリンとマスターをにらみつける。
「まあいいや。あなたがこうして手に入ったんですから………」
 本当にうれしそうな笑みを見せて、自身の右手に持っていたナイフを自身の首に突きつける。
「ずっと……ずぅううっと、いっしょですよ……」
 

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