その他ジャンル夢(羽哉)

□天候と鬼上司にはご注意を
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○○にとっては、ただ、上司を見返してやりたいだけだったのだ。
そりゃあ、自分よりも遅れて出勤してきた上司を見ながら、心の中でぼろくそ言ってやろうとはひっそりと考えてはいたが…

でも、ただそれだけだったのだ!本当にそれだけ…!

「あーもうっ」

考えることに嫌気がさした。もうそろそろ動きださねばいけない時刻ではあったが、今はそんなことさえも考えたくもなく、○○は組んだ腕に顔を埋めていた。

何、いざとなれば雨の中、全力疾走すれば良いだけの話。
まあ、その分、上司には余計に嫌味を言われてしまうのだろうが。


しかし少しして、○○は雨の音に違和感が生じたことに気付いた。
誰かが歩いてくる。音からしてそう判断した○○は、特に気にすることも無く、そのままの体勢でやり過ごすことに決めた。

のだが――


おかしい…。

そう感じたのは、やり過ごすと決めて少し後のことだった。
顔を埋めている為、音だけしか聞こえない状態ではあるが、先ほどまでは確かに雨の音に交じって人が近づく気配がした。しかし、今、その気配がふと消えたのだ。

私の勘違い…?

どうにも気になった○○は、実際に見て確かめてみようとすっと顔を上げてみた。

「おはよう御座います」

「―ったぁ!!」

突如として、○○の額を襲った激痛。そして、自分の声にほとんどかき消されてしまったが、確かに聞こえた大嫌いな“あいつ”の声。
ジンジンと痛む額を押さえながら、○○はその涙目になった目で自分を見下ろすその男を睨み付けた。

「っ、いい加減、挨拶くらい普通にして下さいませんか!鬼灯様!!」

「これは失礼。そこにボタンがあったものですからつい、」

「だからボタンじゃないって言ってるでしょ!大体、どうして鉢巻きしてるのに毎度ちゃっかりと命中しやがるんですか!腹立つわー!」

「相変わらず、分かりにくい怒り方をしますね。あなたは。」

それは褒めてるんですか?などと、誰もが怯える○○の権幕には一切臆することも動ずることも無く、ただ冷静に受け答えする男。
この男こそが○○の一番大嫌いな上司であり、あの閻魔大王の補佐官である鬼灯であった。

鬼灯は、いつものやり取りが終わると、間もなく、話を本題にと移した。

「それで」

「はい?」

「あなたは出勤もせず、こんな所で何してるんですか?」

「…………」

元から鋭い鬼灯の目が睨みを利かせて○○を捕らえる。
それは、ただ雨宿りをしていただけであったのに、自分が酷くいけない事をしていたかのように○○を錯覚させた。

「っわかりました!わかりましたよ!」

そう言って勢いよく腰を上げた○○は、参ったとでも言うように鬼灯に向けて両手を軽く上げて見せる。

「今すぐ出勤しますから、これ以上は許して下さい!」

そう言って鬼灯の横を通り過ぎた○○は、雨が降り続ける灰色の雲を見上げ、ひとつ、大きく息を吐いた。

「今日は随分と素直ですね。まさか、拾い食いでも、」

「してませんよ!というか、たまには鬼灯様も素直に私の言葉を受け入れてみては如何ですか?」

そう横目で○○が嫌みたらしく言えば、何を思ったのか黙り込んで、○○をじっと見つめ始めた鬼灯。勿論、そんな彼の異変に咄嗟に気付いた○○は、これ以上痛い目を見るのはごめんだと、すぐさま行動を起こそうとした

――のだが、

「では、先に行ってます、ね゛っ!?」

雨の中にと駈け出そうとしたその時だった。
急に鉢巻きの紐を力強く引かれ、バランスを失った○○は、その引っ張った主の元にと後ろから倒れこんでしまった。

しかし、軽々と受け止られめられたので、○○はすぐに体勢を立て直してその主に向き直ることが出来た。

「だから、急に後ろを引っ張るのは止めて下さいといつも言ってるじゃありませんか!!」

「何を言ってるんです。受け止めてあげただけでも有難いと思いなさい」

「そ、そりゃそうですけどっ…あーっ、もう良いです!」

この理不尽で横暴な上司には何を言っても無駄だと長年の付き合いでよく理解している○○はこれ以上の発言を避けた。しかし、鬼灯は構わず続ける。

「何を拗ねてるんです」

「っ…別に、拗ねてだなんて」

「そうですか。では、持って下さい」

「なっ、」

そう言って差し出されたのは、彼が自身で差していた傘だった。
どうして私がこんな奴なんかに…。そう思った○○であったが、ここは素直に文句を呑み込んで、それを受け取ることにした。

「濡らさないで下さいよ」

一言そう言うと、遠慮無く歩き出した鬼灯。
一方、慌ててそれに付いて歩き出した○○は、少々しんどい体勢ではあったが、何とか、自分よりも長身で体格の良い男の体を濡らさぬよう努めるのであった。
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