何時からだろう?

一番近くに居る彼女に、沢山の秘密を抱えるようになったのは。





#秘め事に吠エロ!





風呂からあがると、井上がベッドの上でお腹を抱えるようにうずくまっていた。

「井上?!」

慌ててかけよると、目が若干潤んでいる。
額に手をあてるが、それほど熱はないようだ。
どこか痛むのかと聞けば、小さく肯く。

「腹、痛いのか?」

もう一度、こくんと肯くのが分かった。

「何か変なもの食べたかって、今日俺と晩飯食ったもんなぁ……」

医者ではない為、こうゆう時どうしたものかと戸惑っていると、ふと、壁にかけてあるカレンダーが目に入る。
今日の日付を確認し、あることに思い当った。

「井上、ちょっとだけ歩けるか?」

ゆるゆると頭が動き、涙目の井上と目が合う。
俺の記憶が正しければ、人生二度目の赤蝮ドリンクが無駄になった時の理由とその時期が、丁度一か月位前の筈だ。
そうして、さらに俺の記憶が正しければ、井上は痛みが酷い方だった筈。

井上の肩を抱くようにして立ちあがらせる。
ごめんねと、小さな声が聞こえた。
どうやら、俺の予想はハズレではないようだ。
人生三度目の赤蝮ドリンクを、薬局の袋に入れたままにしておいてよかったと内心苦笑する。

トイレに入った井上を確認して台所に戻り、勝手知ったる何とやらで、薬箱を棚から出す。
よく自分が怪我をするため、頻繁にお世話になっている箱は、お馴染の相棒みたいなものだ。
それから、コップに水を一杯。
準備が終わり、リビングに戻って卓上テーブルの前に座る。
ドアが開く音がしたため振り返ると、井上が俯きがちに近寄ってきた。
手を出してやると素直に握り、引き寄せるとこれまた素直に抱きついてきてくれた。
そのまま暫くは何も話さずに背中をさすってやる。
鼻をすするような音が聞こえる。
そういえば、とある事件で子供を保護したとき、こんな風に抱きつかれたなと密かに思い出す。
井上の身体は、あたたかい。
あたたかくて、やわらかくて、抱きしめていると落ち着く。
幼子をあやす様に体を揺らしてみると、首筋にキスをされた。
即座にお返しをする。
負けじとくる反撃は、じゃれあうような耳への甘噛み。
これにも即座にお返しをさせて頂く。
井上の体が揺れて、それが笑いからくるものだと分かって漸く言葉をかける。

「当たり、だったか?」
「……うん」

こっくりと肯く動作。
申し訳なさそうな表情を見たが、井上がそれを隠す様に再び抱きついてくる。

「ごめんとか言うなよ?」
「…………はい」

このまま抱きしめて目を閉じていると、眠ってしまいそうだ。
ベッドで押し倒すと覚醒するけれど、腕の中にすっぽりおさめていると爆睡する。
井上の肌から伝わる、不思議な効果。
俺だけの限定にしたいところ。

「ひとつ、きいてもいい?」
「ん?」

小首をかしげるような動作で井上が覗きこんでくる。
風呂上がり、綺麗に乾かされた髪が、さらさらと彼女の肩をすべる。
情事の時、暗闇でも色付く素肌に映えるその色を、よく見知っている。
指通りの良さも、柔らかさも。
それは、一種の優越感だ。

「くろさきくんも、こんなきもちなのかなぁ?」
「……は?」

もう一度聞こうにも、彼女はどうも自分の世界へと入ってしまったようだ。
けれど、置いてきぼりの俺自身は、こんな気持ちのこんなってのがさっぱり分からない。

「むずむず?」
「痒いのか?」
「むんむん?」
「何か臭うか?」
「あ!むらむら?!」
「………………」

そんな形容を聞き、漸く合点がいく。
待ち合わせをしても殆ど守れなかったり、疲れ果てて寝てしまったり、井上の方が寝ていたり、そうして今日の様な月物の日。
男の事情、女の事情はそれぞれあれど、有低にいってヤルかヤレないか。
今月は特に月初めに逮捕事案があり、マトモに帰れない日々が続いていた。
定時少し過ぎに上がれたのは、本当に今月初。
ふらふらしている班の全員と帰宅挨拶をして車に乗り込んだ時は、そのまま寝たい衝動を抑えてメールをした程だ。
けれど、俺が逢えていないってことは、逆を言えば井上も俺と逢っていない、つまり、男女間のそういったことは随分とオアズケ状態な訳で。
井上の言葉は、普段彼女を抱けなかった時の俺の気持ちを表したものだと思われる。
そう、普段の情けない俺。
別にそれだけが目的で付き合っている訳では決してない。
でも、全く無いのは虚しい。
虚しいというのも変だが、自分の少ない語彙力ではこれだと当てはまる表現を思いつかないのだ。
体の一部が足りない、変な感じ。
出来ずに迎えた朝日を見た瞬間の、あの罪悪感や絶望、身体の中に蹲ったままの行き場の無い欲望、色んなモノがごちゃまぜになるあの感覚は、あまり思い出したくはない。
井上も、今現在、そんな気分なのだろうか?

「井上、よくわかんない。こんなって、どんな?」
「えっと、」
「聞かせてくれよ」
「え、と……」
「ほら、薬」
「あ!ありがとう」

体の隙間をあけてコップを差し出す。
受け取り、小さな白い錠剤を飲みほしたのを確認してから貪るように、強引に唇を塞ぐ。
零れてしまう前にコップを取り、テーブルに置いてしまう。
井上の拳が力なく胸を打った。
逃がすまいと後頭部を抱き、もう片方の手で腰を引き寄せる。
舌で上下の歯列の隙間を抜けると、口内が冷やりと冷たい。
水の所為だ。
唇の隙間からくぐもった声が漏れ聞こえる。
もしも久しぶりにお互いベッドの上で裸だったなら、それだけで達することができたかもしれない。

「なあ、どんな感情?」
「っ」

追いかけた舌を吸ってやると、遂に井上は手を止めた。
代わりに、縋るように掴まれる。



シャツ越しに爪が肌に当たる感覚で、背筋に走ったものが脳味噌に届いた瞬間、身体を支配するのは雄の欲求。
そうして、脳味噌に集まった血液が急下降して一箇所に集まる感覚。
快感なのか、痛みなのか。
縋ってきた手を取り寝間着越しに触れさせれば、舌と体が跳ねた。

「今日も、オアズケだけどな」
「……や」
「でも、出来ねぇもんな?」
「ふ、ぅ」
「今晩も、抱けない」

そんな言葉を並べてやれば、涙をため込んだ井上の瞳が揺れる。
それが可愛くて、意地悪をしている罪悪感よりも愛しさを先に感じるあたり、俺も相当性質が悪い。

「くろさきくんに、さわりたいよ」
「うん」
「さわってほしい、よ」
「ああ」
「きらいに、なっちゃやだ」
「ならねぇよ」
「くっついててもいい?」
「いいよ」
「……あいたかった」

どうしようもない理由で体を重ねることが出来ない時、物分かりよく諦めて平気なふりをすること、結構難しいと思うんだ。
そんなに簡単に割り切れるものでもないってのは、俺の本音。
でもやっぱり格好つけたくてさ、気にすんなとかなんとか言って、心の底では凹んでる。
けれど井上は、こっちが必死で隠してるところの格好付けを見抜くのが、天才的に上手い。
ワザとらしくではなく、どうも自然に見抜かれてしまう。
だからなんとなく、格好付ける方が恰好悪く思えるようにもなってしまった。
勿論全ての事が、という訳ではなく。
まあそんなこんなで、今晩の御し切れなかった飢えを隠すことはやめた。
俺も欲しかった、井上も欲しかった。
井上がくれた言葉のひとつひとつ。
体が繋がらなくても、気持ちが繋がったみたいで、嬉しかった。
厳密にいえば、キスも繋がる行為みたいだけれども。

満たされない欲求で繋がる感覚。
イきたくてもイきつけないもどかしさ。
そんな、目で見えないものたちが丸くまるく、井上の曲線上にあって、ラインを辿るように手を滑らせて俺と共有する。
指先に力を加えれば、なだらかなカーブを描く裸体。
服は完全に脱がせず、肌蹴た部分に舌を這わす。

それは、好きな料理を最後まで残している時の、自然と日常の中にある行為に似ていた。





「痛みは?」
「大分消えたよ」

腕の中の井上が笑う。
目尻に出来る笑い皺が可愛く思えた。

「明日のお出かけは、タートルネックじゃないと無理だね」
「安心しろ、俺もだ」
「ぅ」

鏡が無いからお互いの体と、自分の視線が届く範囲しか確認できないが、そこかしこに散らばる赤い痕。
夢中になり過ぎて、久しぶりの公休日の外出予定をすっかり忘れていた。

「痛みが酷いなら、一日中此処に居るってのもいいけど?」
「くっついたまま?」
「井上に任せるよ」
「もう!黒崎くんズルイ!」

頬を膨らませて怒った顔を見ても、普段もっと凶悪面を見る自分にとっては怖くも何ともない。

「もう、寝るんだからね?」
「いいよ?」
「……」
「……どうした?」

急に黙り込んでしまった顔を覗き込むと、不意打ちのキスがきた。
したり顔の井上が笑う。

「明日、お腹痛くなくても家に居たいな」

だめ?と今度は逆に覗きこまれる始末。
これは早々に白旗を上げるに限る。

「仰せの通りに、お姫様」

返答に満足したのか、元気なおやすみの挨拶を言われる。
これで明日も真実のところ我慢大会かと思うと、一度位は溜息をついても罰は当たらないと信じたい。
元は自分で言ったことなのだから、自業自得というものだ。

薬局袋の中の赤蝮よ、一週間後は宜しく。
そして何よりも定時に帰れるよう平和であれ。
そうして、今度こそ……。


そんな、色々な願いを。



地上の織姫様に、今夜も密やかに願う。





(HAPPY HAPPY BD (・v・)TAN!!)

-秘め事 姫事-
(お世話になっている方へ贈ったもの。悶絶素敵な挿絵はお馴染のにこさん作です。挿絵だけで吠えれますね!!)

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