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【 供 命 ノ 鳥 】



「三十点だ」


玉座に座る男がさも面白くない、といった風に吐き捨てた。

「実にくだらん話だな。こやつの話は」

男が蔑みと嘲笑をもってその蒼い瞳を向ける先には、無残に腹を捌かれた男が倒れている。
今し方まで生きていたその男からゆっくりと毒々しいまでの紅い鮮血が流れ出で、絢爛豪華な絨毯を染め上げる。

男は私の主、あの玉座に座っていた王。

今は炯々と光っていた瞳を濁らせ、快活に物申した口をだらしなく開け、凛として立っていた肢体を丸めて私の目の前で事切れている。


「かつての豪傑が情けない。一人の僧に傾くとはなんとも滑稽だな」


蒼の瞳の男は楽しげに嗤った。
私達とは違う金糸の髪にその蒼の眼。
周りを囲む臣下も控える従者もその色を呈す。
見知らぬ色に見下され、改めてこの国が落ちたのだと思い知らされる。


「其れ程好かったか?公家崩れのなまくら坊主が」

金を揺らし、蒼を細め、男が玉座から下りてくる。

「その腕を鈍らせるほど、」

間近で血を浴びた私を見るでもなく、

「その慧眼を曇らせるほど、」

足元で命途絶える王を見るでもなく、

「あの僧に溺れていたか?」

歌うように問い掛けた。


「なぁ?王よ」


応え(いらえ)などはなから返らぬ王に言葉を掛ける。
私はただ己の髪から滴り落ちる王の血を受けながらそれを眺めた。



「お前はどうする?」


男が私を捕らえた。

「お前の才は称賛に値する。それは認めよう」

男の言葉が私に向けられる。

「我が僕となるか?」


男は私の目の前で王を斬った後、私に王の話をしろと宣った。
私が話したのは保身の為ではない。
王とあの僧の ー― 殿下の有様をこの口にで語りたかった、ただそれだけだった。

だから私は語った。
栄華を誇ったこの国が落ち行く様を。
仏が修羅の道を歩まねばならなかった事の顛末を。
一人の男が妄執とも愛執ともいえる激情に傾倒し行く様を。


そして男が私に告げた。
我に下れ、と。



『私の死では何一つ救えない』


殿下、貴方があの時おっしゃった言葉が今また私の胸を締め付けます。


『助けはいらぬ。何も救えぬこの身に代わってそなたは王を、あの方をお救いいたせ』


仏の教えに殉じた貴方が救えぬものを、賤しい私が救えましょうか。


『もう私のせいで死ぬ者は見とうない』

『だからそなたは生きよ』


望むような死すら迎えられずにこれまで生きた貴方が最期に遺した言葉。


「臣下に下るか、それともそこの屍のごとく斬り捨てられるか」


殿下、申し訳ありません。


「お前はどちらを取るのか、宰相よ」


そのお約束、果たすことはできません。



「宰相などと呼ぶに及びません」


最期には凛とした態度で。
背は伸びやかに。
足は揺るぎなく。
目は相手を捉え。
口元には笑みを添えて。


「殺しなさい。我が主は貴殿ではない」



貴方が望んでも望めなかった死に様。
殿下、この国を道連れに堕ちる私を貴方は何というでしょうか。





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『色即是空 空即是色』という仏教用語を作ったお坊様の半生がモデル。

王族出身の僧に、その僧に執着する渡来の王、王の寵臣、侵略しにきた西の王。
設定的にはこんな感じ。
中盤の渡来の王と僧の話が決まらないので思いついた終盤だけ書いてみました。



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